たった1つの希望
絶望を通り越して俺の心は動かなくなった。
虚無。
ただ何も感じない。
硝煙と血の匂い、瓦礫まみれでまともに歩く場所すら無い道、まるで物のようにそこらじゅうに転がる息絶えた人。
俺はただフラフラ彷徨っていた。
もう自分が生きた人間なのか、死んで亡霊になったのか、よくわからない。
「……ギャア、オギャア!オギャア!」
瓦礫の山の中から微かに声が聞こえた。
中には赤ん坊が。まだ生きてる。
その瞬間、俺は息を吹き返したようにハッとして瓦礫の山を必死にどかして赤ん坊を救出した。
「オギャア!オギャア!」
「あ、……生きてる。生きてる!よかった…。」
近くに倒れていたのは親だろうか、瓦礫に潰されてもう息はしていなかった。
腕に抱いた赤ん坊の暖かさは自分が、そしてこの子が生きていることを実感させた。
いつ死んでもいいと思っていたけど、この子の命を守りたいと思った。
生きたいと思った。
虚無だった俺の心に、小さなたった1つの希望が芽生えた。
欲望
彼女の腕が僕の首に絡まる。
それはまるで蛇が首に巻きついて絞め殺そうとする勢いで。
彼女の腕がキツく締め上げるほど、僕の口からは
あられもない嬌声が漏れる。
あぁ、僕はどうしようもない奴だ。
そんな淫らな妄想をして、やるせない気持ちになって、もどかしくて自らを慰める。
僕は別に殺されたいわけでも死にたいわけでもない。
ただ、死ぬほどの快楽を味わいたいだけ。
誰も知らない欲望にまみれた本来の僕の姿。
けれど、誰だって持っているはずだ。
他人には絶対に言えない危険な欲望を。
君の欲望はいったいどういうものなのかな?
僕はおぞましい欲望を秘めながら、何食わぬ顔して、目の前で美味しそうにコーヒーを飲む君に笑いかける。
遠くの街へ
今日、産まれた時から育ってきた街を離れる。
遠くの街への期待と不安。
離れる寂しさ。
離れていく慣れ親しんだ街並みを、複雑な感情で眺める。
車や電車、バスを乗り継いで私は遠くの街へやって来た。
部屋に荷物を置いて、手ぶらで街を散策する。
見たことない景色、知らないお店、怪しい裏路地、まるで異世界に来たみたい。
明日から、この異世界でどんな物語が待っているんだろう。
帰り道は自然と足が軽くなった。
現実逃避
私は先生に救われた。
先生の、あの言葉に────
「逃げたっていいんだよ。こんな言葉知ってるか?…逃げるが勝ち。」
からかうけど真剣に私と向き合ってくれた唯一の先生。
学校という閉鎖的な世界が息苦しくて、無理して笑って周りと歩幅を合わせて、いつの間にか私の心はすり減って、限界に近づいていた。
そんな時に先生は私に救いの手を差し伸べてくれた。
気持ちを打ち明けた時。
なんとなく、否定されるんじゃないかと弱気になったけれど、意外にも先生は逃げる事を肯定してくれた。
私が先生のその言葉にどれほど救われたのか、きっと先生はわからないだろうけど、「逃げていい」
そう言われた瞬間、私の心を縛っていた鎖や重りが無くなって、とても呼吸が楽になった。
君は今
あれは高校受験の時、まだ寒い時期で試験当日外は雪。
私は自転車で会場へ向かっていた。
昔からの鈍臭い質が災いして、よりにもよって高校受験の日に自転車で盛大に転んでしまった。
周りにいた子達はクスクス笑いながら私の横を通り過ぎてゆく、恥ずかしくて恥ずかしく涙がこぼれそうだった。
「大丈夫!?…あ!血出てるね。これ使って。」
「え?あっ。ありがとうございます…。」
転んで擦りむいたのか膝からは血が出ていた、君は自分のハンカチで傷口を押さえてくれた。
「いえいえ、ハンカチ、そのまま止血して持ってていいから。お互い、試験頑張ろうね。…じゃ!」
あれから無事会場に辿り着いて、お陰で試験に集中できた私は志望校に合格した。
名前も学校も知らなかったから、君が誰でどこにいるかもわからないけど、あの時のハンカチはずっと大切にとってある。
ある日の下校中、横を通り過ぎて行った自転車の男の子が凍った道にハンドルを取られて転んでしまった。
私はとっさに駆け寄った。
「大丈夫ですか!?あ、手擦りむいて血出てる…ハンカチ、よりにもよって今日、あの子のしか持ってない…。」
「はははっ恥ずかしい…ありがとうね。ん?このハンカチ……あれ、俺のだ。」
まさかあの時と真逆のシチュエーションで君にまた再会できるなんて。
「あの時はありがとう!君のハンカチずっと持っててごめんね!お返しします。」
地べたに座り込んで私たちは笑いあった。