靴紐
大学1年の時、学費や遊びのための小遣い稼ぎに楽器屋でアルバイトを始めた。
特に音楽が好きなわけでも楽器に詳しいわけでもなかったが、以前通りすがりにお店を見た時に一目惚れしたある店員さんが頭から離れなかった。
その店員さんは細身で色白で綺麗な女性だった。肌の白さに反して艶のある真っ黒な黒髪がとても印象的だった。
よく見ると耳や唇の辺りに複数ピアスが空いていて、より"エモさ"を際立たせた。
今日は初出勤。憧れのあの店員さんに会える期待を胸に扉を開く。
ちょうど目の前に開店準備をする彼女の姿が目に入る。店長から軽く紹介があり互いに挨拶を交わすが、緊張でそれ以外話すことはできなかった。
仕事に取り掛かろうとしたその時、不意に彼女が私の足元に膝まづいた。
「!?」
あまりのできごとに声も出せないでいると、
「…あ、急にごめん。靴紐、解けてたから。店狭いから転んだりしたら大変だよ。」
素早く私の靴紐を直すと膝まづいたまま上目遣いでそう言った。
「あ、あぁぁぁありがとう、ございます。」
アルバイト先で私は白馬の王子様(?)と出会ってしまった。
答えは、まだ
彼女は問う。
「どういう女性が好みか」と
私は答える。
「どうだろう」と
彼女は問う。
「気になる女性はいるのか」と
私は答える。
「…いる」と
彼女の桜の花びらのような柔く透明で美しい瞼が見開かれる。
彼女は問う。
「そのひととはどんな関係なのか」と
私は答える。
「友人…の、ようなものだ……まだ」と
彼女は問う。
「いづれは友人ではなくなるのか」と
私は答える。
「彼女が私の想いに応えてくれるのならば」と
彼女は目に溜めた涙をこぼさぬよう天を仰いだ。
何かを押し殺したように彼女は問う。
「わたしと貴方は、友人ですか」と
私は答える。
「友人だ。まだ。」と
そう答えた刹那、不安げだった彼女の顔から暗闇が消えて涙を溜めていたその瞳はまるで太陽のように輝いた。
センチメンタル・ジャーニー
生まれて初めてひとり旅をする。
自分で行き先を決めて、宿をとって、予定を組んで。
計画を練る私の顔は未だに暗い。
溢れる涙はまだまだ止まらない。
あんなクズ男を忘れられるくらい楽しい旅行にしてやるんだ。
なんせこれは私のセンチメンタル・ジャーニー(感傷旅行)なのだから。
君と見上げる月…🌙
夏の気配もすっかり薄らいできた。
日が落ちるのも早くなって帰る頃にはもう辺りは薄暗い。
家が近くて何となく一緒に帰っている君と特に会話もなく帰路をゆっくり歩く。
小さい子とお母さんとすれ違った時その子が「あ!お月さま!」と空を指さして叫んだ。
僕と君はその声につられて一緒に空を眺める。
「…月?え、どこだろ?」
「ん?たぶんあれじゃない?すっごい細い三日月。」
君にわかるように空を指さすと、離れていた僕たちの距離がいつの間にか肩と肩が触れ合うほどに近づいていた。
空白
授業中、暇だったから回ってきた資料プリントの空白に好きな彼の似顔絵を描いた。
授業が終わって、プリントを無造作に机の中にしまって友達と中庭へお昼を食べに行った。
***
午前最後の退屈な授業が終わって、近くにあった好きな子の机を借りて友達と昼飯を食う。
机を動かした時、机の中からスッと1枚のプリントが落ちた。
さっきの授業で使ったものだ。
よく見ると空白に絵が描いてある。
とても上手なその絵は目の前にいる俺の友達だった。
頭の中が真っ白になった。
「どうかした?」と声をかけられ慌ててプリントを元に戻す。
予期せぬ失恋に俺の心は穴が空いたようだった。
***
午前の授業がやっと終わり、ようやくお昼。
誰かの机を借りて友達と昼食を取る。
友達がプリント片手に固まっていたから声を掛けると「…あ、あぁ、いや。なんでもない。」と言う。
チラッと持っていたプリントを見ると絵が描いてあった、どことなく自分に似ているような。
実は彼女からの好意は薄々気づいていた。
けれど、僕は彼女の気持ちに応えられない、僕が好きなのは今、目の前にいる彼だから。