「君の背中を追って」
社長と出会ったのは小学生の頃まで遡る。
都会から引っ越してきた彼は、持ち前の明るさと話術で直ぐにクラスに馴染んだ。
幼い頃からそんな人を惹きつけるカリスマ性のあった彼を僕はずっと陰ながら羨望の眼差しで見ていた。
「将来は社長になるんだ!」
それが彼の口癖だった。クラスメイトはみんな、バカにしたり面白がっていたが、何故か僕はそのバカみたいな夢が実現する予感がした。
そうして君の背中を追った結果、やはり君は夢を叶えた。最初は僕と2人の小さな会社だったが、
彼はまた自信満々に言った「よし、社長は叶えた!次はこの会社をでっかくするぞ。」
僕はまだまだ君の背中を追い続ける。
「好き、嫌い、」
子供の頃、よく花占いをした。
道端に咲いている花を無造作に引き抜いては「好き、嫌い、好き、嫌い…」と花弁を1枚ずつむしり取っていく。
あの頃は何も考えなかったが今思うと残酷だなと感じる。
誰に教えられるでもなく、物心ついた頃には既にやっていた。
私たちは生まれながらに悪人だという説があるが、本当にそうかもしれない。
花だけでなく虫の命でさえ、なんの悪意もなく無慈悲に平気な顔をして奪っていた。
子供と公園に遊びに行った日、子供が不意に道端の花を引き抜いた。
教えてもいないのに「好き、嫌い、好き、嫌い…」と私の隣で無邪気に花占いをやりだした。
あぁ、私たちは生まれながらに悪人なんだ。
「雨の香り、涙の跡」
雨が降ると心がズキズキと苦しくなる。
無意識にあの事を思い出しているのだろう。
8年前の今日のような梅雨のある日、僕は彼女と買い物に出かけていた。
あんな土砂降りの日に反対車線から時速100km近くの車がタイヤを滑らせ、僕たちの乗る車に衝突した。
手術を受けてしばらく入院して、目覚めると彼女はもう居なかった。彼女は即死だった。
初めは相手のことを恨んだが、矛先が次第に自分自身に向いてきて、自分で自分のことを痛めつけることもした。
「どうして僕が生き残った?」
「何故、あの時ハンドルを切らなかった?」
「あの瞬間……僕はなぜ笑っていた?」
どんよりとした雨の空を眺めて濡れた土や泥の香りと自分の腕から滲み出る血の匂いを嗅ぐ。
僕は梅雨になるとそうして、あの頃を思い出しては涙を流す。この涙がどんな感情の涙なのか、わからない。
なぜなら今も鏡に映る僕は顔にうっすら涙の跡を残して笑っているから。
「糸」
ねぇ、『蜘蛛の糸』って知ってる?
中学生の頃、同級生の女の子に教えて貰った。
彼女は僕の境遇を知ってか知らずか、その話をしてくれた。
不幸な結末だったが、とても印象に残った。
当時の僕は人生で1番最悪な時期だった。
母親の再婚相手に毎日のように殴られ蹴られ、ご飯もろくに与えて貰えない日々。
クラスメイトからはガリガリにやせ細った僕を揶揄って幽霊と呼ばれた。
あの頃、僕は生きるか死ぬかの瀬戸際だった。
そんな時にクラスメイトの女の子からその話を聞かされた。
彼女はまるでその話に出てくるお釈迦様のように無邪気に微笑んで僕に手を差し伸べてくれた。
「君は私からの蜘蛛の糸を掴む?それとも?」
僕は無意識に彼女の手を取っていた。
「届かないのに」
大好きだった祖母が亡くなった。
私よりも祖母のことが大好きだった姉は私より比べ物にならないくらい絶望して泣いていた。
数日後、すぐに祖母の葬儀が執り行われた。
相変わらず姉は泣いていた。
出棺前の納棺式で祖母の生前の服や持ち物、思い出の品を入れ棺のフタを閉めようとしたその時、それまで一言も発さなかった姉が口を開いた。
「…あの。最後にこれを。」
バックから封筒に入った手紙を取り出し、祖母の手の上に手紙を置き、それから棺のフタは閉じられた。
火葬場へ向かうバスの中で、私は姉に尋ねた。
「いつの間に手紙なんて用意してたの?…もう、おばあちゃんには届かないのに。」
「これは生きてる人間のエゴだよ。…届かなくてもいいの。私から、おばあちゃんへの感謝だから。手紙を送れるだけで満足!」
涙で赤く腫れた目を細めて満足気に笑った姉がなんだか無性に愛おしく思えた。