「記憶の地図」
頭の中には記憶の地図がある。
ある記憶を思い出そうとすると、その記憶に辿り着くための地図が出てくる。
頭の中は迷路のように入り組んでいる。
幼い頃から培われた膨大な知識が頭の中で折り重なり巨大な迷路になる。
その迷路の中から答えに辿り着くため記憶の地図を開いて、記憶を探る。
それを人は思考という。
「マグカップ」
大学生の頃付き合っていた彼から、とあるプレゼントを貰ったことがあった。
少し小さめで可愛らしいマグカップだった。
なぜかソワソワしている彼に「ありがとう、大切に使うね。」と告げた。
彼はおそるおそる「男が女性にマグカップをプレゼントする意味……知ってる?」と聞く。
私は「わからない。」と首を傾げると、彼は
「…帰ったら、意味を調べてみて。」と少し顔を赤らめた。
家に帰って調べてみて、私も顔がポッと熱くなった。
それは、いつも控えめな彼の精一杯の愛情表現だったから。
「もしも君が」
もしも、仮に、万が一、ひょっとして、
こういう言葉が嫌いだった。
掴みどころがなくて曖昧で、そんなあるかないか不確かな事を考えても時間の無駄だと。
君は僕とは真逆で、よく「もしも」「もしも」と心配事の多い女性だった。
ある日、僕はそんな君にうんざりして酷いことを言ってしまった。
「起こってもいないことをウジウジ考えるな。…鬱陶しい。」と。
彼女はそんな僕に反論せず、ただ肩を落としてどこかへ消えてしまった。
それから彼女とは連絡が取れなかった。メッセージを送っても既読もつかない。
僕は心配になって「もしも君が──」と、ふと心の中で呟いた。
そして理解した。大切だからそういう言葉が出るんだ。あるとかないとか不確かとか関係ない、ただ大切に想っているから。
僕は彼女にメッセージを送った。
「酷いことを言ってごめん。君のおかげで理解したよ。もしも君に何かあったらと心配になった。…君のことを大切に想っているから。」
「君だけのメロディ」
小学生の時クラスにピアノが得意で絶対音感がある子がいた。
家がお金持ちで平凡な家の私からすると、なんだか独特な子だった。
クラスのみんなも同じで、あの子のことをどこか一線を引いて見ていた。
お昼休みになると必ず1人でどこかへ行くので、ある時思い立って私は彼女を尾行してみることにした。
こっそりついて行くと、音楽室に到着した。
入り口の前でぴたりと立ち止まった。
「…なに?」
振り向いたあの子と目が合った。私は「しまった」と思い咄嗟に
「い、一緒に遊びたいな〜と思って。」
そう答えると、「入って」と音楽室に促された。
慣れた様子でピアノの椅子に座り、残り半分のスペースに私を招き入れた。
「私って…みんなに馴染めてないよね。変人だから。」
少し悲しそうに話すあの子。
「そんなことないよ?…少なくとも私はあなたのこと気になるし、できたら、友達にもなりたい。」
私がそう言うと、あの子はパッと閃いたようにピアノを奏で始めた。
短い演奏が終わると、
「これは、たった今閃いた、君だけのメロディ。…友情の証?ってやつ。…私もあなたと友達になりたい。」
そう言ってあの子は初めて笑顔を見せてくれた。
彼女は今でも私の大切な親友だ。
「I love」
幼い時から一緒に遊んでいた幼馴染の男の子がいる。
昔からお互いに冗談でよく「好きだ」と言い合ってふざけ合っていた。
小さい時から兄妹のように育って、家族のように思っていたけど、中学卒業と同時に告白された。
「昔から好きだった。これは冗談でも嘘でもない。Likeの好きじゃなくて、Loveの好き…なんだ。…あの、ただ伝えたかっただけだから。じゃ。」
思いがけない告白に私は戸惑い無言で彼の背を見送った。
次の日、彼は居なくなった。
引っ越すなんて、なんにも聞いてなかった。
私は後悔した。気づいた時には遅かった。私もずっとLoveの好きだったんだ。
彼が居なくなった家の前に佇んで、泣きながら呟いた。
「……すぐに、答えられなくてごめんね。私も好きだよ。Loveの好き!」
「…じゃあ、俺たち両思いってことで…いいんだな。」
振り返ると居なくなったはずの彼がいた。
私は思わず彼の胸に飛び込んだ。