「雨音に包まれて」
ひとり旅に出た。
普段からひとりであちこち回るのは好きだったが、宿をとって旅をするのは初めてだった。
宿に泊まった次の日、目を覚ますと外からザアザアザアと聞こえてくる。
あぁ、今日の予定は全てキャンセルだなと肩を落とす。
朝食を終え、部屋に戻ってボーッと空を眺めながら雨音に耳を傾ける。
いつしか、気持ちが安らいで仮眠してしまった。
こんなにゆっくり過ごしたのはいつぶりだろうか。
あいにくの雨だと思ったら幸せの雨だった。
「美しい」
本当に美しいものを見た時、人は言葉を失う。
あなたはそんな経験があるだろうか?
どんな些細なことでもいい。
帰り際に見た夕日が美しかった。
あの人の横顔が美しかった。
雨上がりの虹が美しかった。
美術館のあの展示が美しかった。
あの本のあの言葉が美しかった。
その美しさに一瞬でも言葉を忘れ夢中になったのなら、それは素敵な経験だ。
ありきたりかもしれないけれど、何かに対して美しいと思える、あなたのその心が、いちばん"美しい"と私は思う。
「どうしてこの世界は」
世界は平等で不公平だ。
この世界では、皆が平等に生命を与えられ、年老いて死んでいく。
だが、金持ちの家に生まれるか極貧の家に生まれるか、病や障害を患うか否かは人それぞれ不公平に与えられる。
どうしてこの世界は公平にならない?
それはみんなが公平になると不利になる人が出るから。
この世界の人間は、お互いを比べたがる。
アイツは俺よりも下。あの子は私より上。
上を見ては嫉妬して、下を見ては安堵する。
どうしてこの世界は……一体いつからこんなモノが蔓延る星になってしまったのだろうか。
「君と歩いた道」
20年ぶりに地元に帰ってきた。
なんにもないけど、目の前には綺麗な海が広がる私の故郷。
高校を卒業して大学へ行くために私は都会へ出た。大好きな親友を、この地に残して。
急な坂を登って町全体が見下ろせる見晴らしのいい丘へ向かう。子供の頃から大好きだった君と歩いた道。
「久しぶりだね。会いに来たよ。…直ぐに来れなくてごめんね。子供の頃から好きだったお菓子買ってきたよ。」
丘の上にある墓地で親友の名前が刻まれた墓石に手を合わせた。
「夢見る少女のように」
(※6/6 「さあ行こう」の続き)
仕事を終え、帰宅。
仕事着を脱ぎ、部屋着に着替えて適当にご飯を食べてシャワーを浴びて寝る。
明日も仕事、だるいな。行きたくないな。ずっと寝ていたい。そんな事を考えながら目を閉じる。
すると昨日と同じ夢を見た。
「さあ行こう。」 夢の中の王子様が優しく手をさし出す。
「…昨日は、帰ってしまったからね。」
王子様が続けて言う。
私は一瞬、王子様の手を取るのを躊躇った。
昨日…?どうして夢の中なのに昨日の話が出てくるの?
私はよく分からない不穏な空気を感じた。
「…あの、王子様。あなたは一体、誰なんですか?どうして昨日の事を?」
「ん?僕は誰でもない。君が生み出した夢の中の王子様だよ。君はただ何も考えず、夢見る少女のままでいればいい。さあ、僕の手を取って。」
王子様が強引に私の手を掴んだ。彼の顔には不気味な笑顔が張り付いていた。
「や、やめてっ!!!離して!」
「どうして?僕と一緒に行けばもう嫌なことをしなくて済む。ずっと夢の中にいよう。君は、夢見る少女なんだから。」
必死に抵抗するがビクともしない。だんだん私は夢の中で意識を失っていく。
「お姉ちゃん……早く起きてよ。」
私は病室で眠る自分を俯瞰している。
妹が私の手を握って泣いている。
いつになったらこの夢から覚めるのだろうか。
私はあの日から夢の中に囚われてしまった。
早く、現実に戻りたいよ。