「酸素」
もしもこの世界から酸素が消えてしまったらどうする?
私は命よりも大切なあなたを、1分でも長く生かせるために身体中の酸素を全部あなたにあげる。
どうせ2人とも死ぬのに?
そんなのわかってる。でも、私は最期にあなたの役に立って、酸素がなくなる苦しみの中、あなたに看取られて逝きたい。
彼は口づけをするように優しく私の口から酸素を吸い取った。
「記憶の海」
誰にでも、思い出したくない記憶はあるだろう。
わたしの記憶は海のように果てしなく膨大だ。
ふとした瞬間、高波のように思い出したくもない嫌な記憶が押し寄せる。
わたしの気持ちとは裏腹に、わたしの中の記憶の海は否応なく思い出させる。
海の奥底に沈めてやりたい。
けれど、忘れたい記憶はどんなに沈めても沈めても、忘れた頃に浮かび上がってくる。
いっそのこと、記憶の海を消してしまおうか。
わたしは壁に頭を叩きつけた。
すると、額が少し切れて海水が流れ出た。
「ただ君だけ」
※ 4/17 「静かな情熱」にかかるお話。
僕は根暗で髪もボサボサに伸びてジメジメしたオーラを纏っていて、クラスメイトからは腫れ物のように扱われる。
人と関わることは苦手だから今の環境は正直ありがたい。
ただ1人を除いて。
隣の席のギャルの子は僕に毎日必ず話しかけてきて、ちょっかいをかけてくる。
ある日、彼女が話しかけてきたけど、いつもより静かだった。体調が悪いようだ。
すると、つるんでいる友達が集まってきて、放課後遊びに誘っていた。
彼女のことが見えていないのだろうか、あんなに体調が悪そうなのに。
仕方ないと思い、彼女の手を引いて保健室へ連れていく。
教室に戻ろうとすると、服の裾を引っ張られた。
「…ありがとう。めっちゃ優しいよね。君のかっこいくて優しいとこ、わたしだけが知ってるんだ!へへっ。」
顔を真っ赤にして僕に笑いかけた。
君だけだよ、めげずに僕に近づこうとする人は。
あぁ、もう可愛すぎて無理だ。そろそろ、降参しようかな。
「未来への船」
紀元前2000年以上も前、神は人間の罪深さに業を煮やし、洪水によって人類に天罰を下すことを決した。
それから4000年以上の月日が流れて現代。
人間はまた、同じ過ちを繰り返そうとしていた。
地球のありとあらゆる場所で起きる異常気象などの天変地異。
これは、神からの最後通告だ。
ノアは神のお告げにより、方舟をつくり未来へ逃れた。
今回、ノアとして選ばれるのは一体誰なのか。
審判の時は刻一刻とやってくる。
たとえ、ノアとして選ばれなくとも、
未来への船は自分自身の手で作り出さなくてはいけない。
「静かなる森へ」
人は彼を森の怪物だという。
森へは誰も寄り付かない。
怪物がいるから。
僕はある日、1人で森に入った。
奥へ奥へ進むと全体を草に覆われた小さな小屋のようなものをみつけた。
忍び足で近づき、窓から中の様子を盗み見る。
小屋の中には、人間がいた。
噂の森の怪物は人間だった。
見た目は若く見えるが、白髪と黒髪が混じった髪と外国人のような透き通った青色の瞳。
怪物が不意に僕の方を見て手招きする。
「あぁ、僕も食われてしまうのかな。」
僕は逃げようとは思わなかった。抵抗せずに小屋の中へ入った。
「……。」
直ぐに殺されて食われてしまうのかと思ったが、怪物はじっと僕を見て観察しているようだった。
「…あ、あの。貴方は人間なんですか?」
恐る恐る質問してみる。
「……。チ、チガウ。ニンゲン、ダッタ。」
変なカタコトだが言葉を話した。
人間だったということは今は人間では無いということだ。
「僕を殺して食べますか?」
「…タベナイ。」
怪物は首を横に振ってそう言った。
「どうして僕を家の中に入れたんですか?僕が貴方に危害を加えるかもしれないのに。」
「…ト、トモダチ。」
怪物は小さく震えながらも、僕の方へ手を伸ばしてきた。それは僕と同じ人間の手だった。
「友達が欲しかったの?…いいよ。」
僕は差し出された怪物の手をギュッと握り返した。
それから、この静かな森は僕と怪物の居場所になった。