「もう二度と」
もう二度と忘れ物はしない。
もう二度と遅刻はしない。
もう二度と浮気はしない。
もう二度と嘘はつかない。
もう二度と、もう二度と、もう二度と……
「もう二度と」を何度も何度も繰り返すのが人間。
「曇り」
夏休みにおばあちゃんの家へ泊まりで遊びに行っていた。
いつもなら目覚めない明け方に目が覚めてしまった。1階に降りると人の気配がして居間を覗くと、おばあちゃんが縁側から空を眺めていた。
「おばあちゃん、おはよう…。」
まだ少し眠い目を擦りながらおばあちゃんの横に座る。
「あら、早起きして偉いねぇ。おはよう。」
「何見てたの?何かあったの??」
「ん?あぁ、朝雲りだよ。今日はまた暑くなりそうだね。」
「あさぐもり?」
「空を見てご覧。靄が出て空が曇って幻想的で綺麗でしょ?」
「んー。」
おばあちゃんの言葉は私にはまだ少し難しいけど、それは確かに綺麗な景色だった。
「曇りは曇りだけど、これは明け方に曇る朝雲りと言うんだよ。昼間には暑くなる報せでもあるね。」
「そうなんだ!曇りにも名前があるんだ…。」
「そうよ。曇りは他にも名前を持っているから、また教えてあげるね。おばあちゃんは美しくて素敵な日本語が大好きなの。」
おばあちゃんは嬉しそうにそう言った。太陽が昇ってくるまで2人で朝雲りの空を眺めた。
「bye bye…」
公園で散歩をしていると、外国人の小さな男の子がサッカーボールを持って近づいてきた。
言葉は分からなかったが、一緒にサッカーをして遊んであげることにした。
遊んでいると、父親らしき人が迎えに来た。
「bye bye…」
なんだか少し寂しそうに手を振って、その男の子は帰って行った。
ある日、中東での戦争のニュースが報道されていた。
恐ろしい爆撃音と酷く崩壊した瓦礫の海。
悲鳴をあげ避難する国民達の中に、あの男の子らしき人物がいたような気がした。
あの時の帰り際の寂しそうな「bye bye…」が頭の中で反芻して、胸が苦しくなる。
どうか、あの子じゃありませんように。
どうか、争いなくただ幸せに生きられる世の中になりますように。
「君と見た景色」
病床に伏してからというもの、終わりゆく生命を惜しみ、これまで歩んできた人生を回顧する日々が増えた。
思い返すのは仕事のことばかりで、我ながらうんざりしている。
ふと、妻との結婚生活を振り返ってみる。
妻は大人しく私の後ろをついて来てくれるような良妻賢母な女性……ではなかった。
快活で、私の小言などほとんど聞かない。幾つになっても天真爛漫な女性だった。
ある時、退屈だからと山登りに連れて行かれた。私は生来、体力のある方ではなかったので、苦痛でしか無かった。
やっとの思いで山頂まで登りきった時、妻は一言「生きててよかった。」と一筋の涙を流した。
あの時、私はそれを見て、山頂からの絶景よりも、力強く光り輝く君の生命が美しくて涙が出た。
「手を繋いで」
あれは忘れもしない小学校のレクリエーション。『手つなぎ鬼』をした。
当時好きだった男の子が鬼で、とろかった私はいち早く狙われた。
タッチされて、その子と手を繋いで走った時のあのドキドキする気持ちは一生忘れられない。
そして、その男の子は今も私の隣で私と手を繋いでいる。
「小学校の頃のレク覚えてる?」
「ん?レク?」
「手つなぎ鬼。…あの時、一番最初に私のこと捕まえたよね。やっぱり、とろかったから?」
自虐的に笑って聞いてみた。
「…いや、その時から好きだったから。好きな子と手繋げるチャンスだったし。」
悪戯っぽく笑う彼。
「!?」
予想外の答えに一瞬パニックになったが、私は言葉にならない感情を彼の手をギュッと握って返した。