つちのこへび

Open App
8/8/2024, 10:12:18 AM

僕は無力だった。


カラスが僕達を嗤っている。

ザリ、ザリ。
僕とひろくんの舗装の荒いコンクリートの砂利を踏む音が虚しく響く。
じんじんと痛みの訴えが腕や脚から聴こえてきた。

ひろくんの方をみると、僕と同じ様に小さな擦り傷をあちらこちらにつけていた。
僕はカサカサの唇を噛み締めた。

ズズッ、ズッ。

横から鼻水をすする音が聞こえだす。
ひろくんの耳は赤くなり大きな涙をボロボロと流し出した。

きっかけは些細な事だった。
放課後、僕はひろくんとリバーシをしていた。
すると突然、体がひとまわりもふたまわりも大きな上級生達が僕らを囲み出す。

「それ、やりたいんだけど。」

ひろくんは下をうつむいて黙り込んでいる。
僕は勇気をだして声を出した。

「今、遊んでるから」

それから何度か言葉を掛け合ったが覚えていない。
パァン!!
ひろくんの坊主頭から大きな音がなった。彼らが手を上げたのだ。
すかさず僕は髪を引っ張られる。もみ合いになり必死に抵抗したが僕らに勝ち目は無かった。

僕らは逃げるようにその場を後にした。

悔しい。悔しい。悔しい。

うぐっ…ズズッ。
ひろくんから情けない音が鳴り響く。
我慢していた僕の瞼も熱くなる。
口を開けば僕も涙が落ちそうだったので、ポンとひろくんの肩に手を置いた。
僕も同じ気持ちだよ。辛かったな。唇を噛み締めながら言葉を肩に置いた手に込めた。

家に着くと祖母が迎えてくれた。
何も話さないでいようとしたが、耐えられなかった。
「おかえり」
優しい声が耳に届くと同時に涙が溢れだした。
祖母の胸に飛び込むと、ありったけの大声で泣き叫んだ。
祖母は一瞬驚きはしたが、すぐに力強く抱き返してくれた。
「大丈夫。大丈夫。」
僕の頭を撫でる祖母の手からは玉ねぎのにおいがツンとかおってくる。

今日はハンバーグだ。


「よいしょとぉぉ」
声が小さな声に響く。
デスクワークで痛めた首をぐるっと回し、コンビニで買ってきたハンバーグを頬張る。
ゆっくりと噛み締めながらそんな昔の事を思い出していた。

ふと窓の外を見ると。
まんまるな満月がこちらに笑みを浮かべているようだった

8/6/2024, 10:34:39 AM

そこに自由はなかった。

目の前の男は足を組み直し、大きなため息をついた。

「君ねぇ…こんな曲だれが聴くのよ…」

男はかつて僕の歌を絶賛し、手を組もうと言った。
夢だけしか持っていないひとりの学生だった僕は、自分が変わる最初の日だと思った。

自分の嫌いを共有する歌、誰かに振り向いてと願う歌、独りよがりな歌は沢山作ってきた。

でもあの歌はそれらとは全然違う。

これを聴く人の心に届ける歌、辛くて苦しんでる人の希望になる歌、足を明日に踏み出すための歌。
顔も見えない大勢の人の人生や心を思い浮かべながら紡いだ歌だった。

そんな歌は男の手によって大々的に世間に公開された。
僕が考えているよりも沢山の人が僕の歌を聴いた。

嬉しかった。

だが、喜びはすぐに霧に隠れる。

「言ってなかったっけ?今回の利益は全部うちで持つから」

男は契約書がどうとか、そんな話をべらべらと喋っていたが何も頭には入らなかった。
話を理解したのは家に着き僕が成り行きで判を押した紙切れを読んでからだった。

ようやく掴んだ蜘蛛の糸。これを離したら上に昇る日はいつになるのか。
今はあの男に次の歌を聴かせるしか考えになかった。

今はまだ、お前を潤すだけの小さな光。

でもいつか大きな星になり、お前を焼き殺してやる。

8/5/2024, 5:34:01 PM

「好きです」

広大なびんせんの真ん中に、ぽつりと弱々しい字が4つ。
少年がこの時間でひねり出せるのはこれが限界だった。

普段触ったこともないような材質の紙を湿らせないように角をちょびっとだけ指で挟み、あの子のもとへ走った。

「がんばれー!」

応援というよりは興味に近い感情の声が、ランドセルの金具からなるカチャカチャという音とともに後ろから聞こえる。
でも今の少年にそんな事はどうでも良かった。
4年という少年には長すぎる時間溜め込んだ思いがその手に在る。
言葉にする事など絶対にできない内気な少年が、この形であれば、と今日伝える事を決めたのだ。

夕方5時の鐘の音が聴こえてきた。

あの子が公園の入り口に停めた自転車に足をかけているのが見える。

「まって!」

息切れの勢いに任せてあの子に声を投げる。
あの子と目が合う。

今まで感じたこともないような緊張感が体をこわばらせる。

次の言葉がでない。あの子からの視線が少年ただ一人に注がれている。
鐘の音の余韻が夕焼けの空に響く。

どんどん膨れ上がる逃げたい心を押さえつけるように
小さな紙を掴む手を目の前に差し出した。

「えっ…」

「これ…よんで…っ」

少年にはこれが限界だった。
あの子の手に少年の4年間が握られたことを確認するやいなや少年は来た方向へ走り出す。

真っ赤な強い光が少年の目を指す。

あの子の頬は何色だったのだろう。

8/4/2024, 9:49:44 PM

怒りが頭を貫く勢いで腹から湧いてきた。

5分前行動などと学生の時はよく言われた。

私は時間にルーズでよく遅刻を繰り返し、
さまざまな人々の反応を見てきた。

しわくちゃの顔で怒鳴られたり、
飽きれた顔で笑われたり、
予定が無かったことになる事もあった。

そのため、人の時間のルーズさにもそこまで気にするような事はなかった。むしろ自分と同じような時間感覚の持ち主に共感し、喜びさえした。

大人と呼ばれるような年頃になれば、そんな時間感覚でいれないような機会も増えてきた。
人に怒られるような怠惰な遅刻などは徐々に減っていった。特に仕事に関する遅刻はまだしたことが無い。

そんなある日、あいつは遅れてやってきた。

私が机に広げた資料あたりに目線をやりながら、馬鹿でかい体を椅子にガチャガチャと音をたてながら収める。

「おつかれー」

仕事上でしかこいつには関わりがないが、今日は会議での作戦を練るべく集まる運びになった。

私は先に述べたように時間に関してあまり気にするタイプではない。もちろん今回の事は大して気に留めないつもりだった。
だが、私の感情は今あいつへの怒りがその大半を占めていた。

以前、同期数人で集まった飲み会での会話がよぎる。
「遅刻はしたくはないけど、しちゃうような時はあるんだよなぁ…」
と肩を落とす同期に言葉を投げかけると、あいつは
「社会人にもなってありえない。遅刻なんて普通にしないだろ。」
とピシャリと線を引いた。

時間に厳しい人間の言葉は正論であるが故、自分の感覚とは明らかにかけ離れていることを感じつつも言い返すことはなかった。

そんなあいつが時間に遅れてきたのだ。その事実もさることながらにその態度。まるで時間に遅れてきたのは無かったことのように振る舞っている。

やはり私はこいつが嫌いだ。