そこに自由はなかった。
目の前の男は足を組み直し、大きなため息をついた。
「君ねぇ…こんな曲だれが聴くのよ…」
男はかつて僕の歌を絶賛し、手を組もうと言った。
夢だけしか持っていないひとりの学生だった僕は、自分が変わる最初の日だと思った。
自分の嫌いを共有する歌、誰かに振り向いてと願う歌、独りよがりな歌は沢山作ってきた。
でもあの歌はそれらとは全然違う。
これを聴く人の心に届ける歌、辛くて苦しんでる人の希望になる歌、足を明日に踏み出すための歌。
顔も見えない大勢の人の人生や心を思い浮かべながら紡いだ歌だった。
そんな歌は男の手によって大々的に世間に公開された。
僕が考えているよりも沢山の人が僕の歌を聴いた。
嬉しかった。
だが、喜びはすぐに霧に隠れる。
「言ってなかったっけ?今回の利益は全部うちで持つから」
男は契約書がどうとか、そんな話をべらべらと喋っていたが何も頭には入らなかった。
話を理解したのは家に着き僕が成り行きで判を押した紙切れを読んでからだった。
ようやく掴んだ蜘蛛の糸。これを離したら上に昇る日はいつになるのか。
今はあの男に次の歌を聴かせるしか考えになかった。
今はまだ、お前を潤すだけの小さな光。
でもいつか大きな星になり、お前を焼き殺してやる。
8/6/2024, 10:34:39 AM