つちのこへび

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「好きです」

広大なびんせんの真ん中に、ぽつりと弱々しい字が4つ。
少年がこの時間でひねり出せるのはこれが限界だった。

普段触ったこともないような材質の紙を湿らせないように角をちょびっとだけ指で挟み、あの子のもとへ走った。

「がんばれー!」

応援というよりは興味に近い感情の声が、ランドセルの金具からなるカチャカチャという音とともに後ろから聞こえる。
でも今の少年にそんな事はどうでも良かった。
4年という少年には長すぎる時間溜め込んだ思いがその手に在る。
言葉にする事など絶対にできない内気な少年が、この形であれば、と今日伝える事を決めたのだ。

夕方5時の鐘の音が聴こえてきた。

あの子が公園の入り口に停めた自転車に足をかけているのが見える。

「まって!」

息切れの勢いに任せてあの子に声を投げる。
あの子と目が合う。

今まで感じたこともないような緊張感が体をこわばらせる。

次の言葉がでない。あの子からの視線が少年ただ一人に注がれている。
鐘の音の余韻が夕焼けの空に響く。

どんどん膨れ上がる逃げたい心を押さえつけるように
小さな紙を掴む手を目の前に差し出した。

「えっ…」

「これ…よんで…っ」

少年にはこれが限界だった。
あの子の手に少年の4年間が握られたことを確認するやいなや少年は来た方向へ走り出す。

真っ赤な強い光が少年の目を指す。

あの子の頬は何色だったのだろう。

8/5/2024, 5:34:01 PM