世の中の歌やドラマは「愛がどうとか」って言っているけれど、俺には愛が分からなかった。愛ってなんだ。
みんなは簡単に「愛してる」だとか「愛が一番」とか語っているけれど。その根本的な部分が分からなければ意味がないじゃないか。
そう思っていた。でも彼女は俺に教えてくれた。その言葉で、身体で、行動で。やっと、ちょっとは理解出来た気がしたんだ。
でも、貰ってばかりでは満たされないことを知った。俺も返したい。一方通行なんて、虚しさが残るだけ。
だから伝えていいですか。貴女に貰った愛を、俺が貴女に与える為に。俺は今から、貴女に愛を叫びます。
「責任取れよ!」
「んぐ?」
ぐびぐび浴びるように酒を飲んでいた俺の突然の発言に枝豆を摘んでいた君は素っ頓狂な声を挙げる。
「どうしたの、急に?酔った?」
「酔ってない…」
苦し紛れの言い訳だな、と自分でも思う。だってコレは酔っぱらいがよく言う台詞だって身をもって知ってるから。
「女の子に振られたからって飲み過ぎだよ」
ケラケラ笑ってこっちの気も知らない君が憎らしく愛おしい。
最近、尽く女に振られている。こんな連続初めてだ。前なら、こんな事なかった。先週だって好みの女の子とそれなりの雰囲気になったのにいざってなったら、身体が拒否した。その後に頭に浮かんだのが君の顔。それが最近何回も続いてる。ほんとに、なんなんだ。警察官の、彼女。ストーカーに悩まされていた俺を助けてくれた。視線も、声も、態度も甘ったるしくなくて、凛々しい。
そんな君に出会ってから、上手くいかないんだ。俺が俺じゃないみたいでもやもやして、苦しくなる。
だから、俺はいつものような口説き文句じゃなくて、本心を、ありのままに告げる。もしコレが君が欲しいものでなくて、要らなかったら。それは、俺が酒に溺れたせいだって、思ってくれていいから。
理想を並べるのは嫌い。現実を見なくてはならない時、辛くなるから。これもそう。タイムマシーンなんて、非現実的過ぎる。
でも、そうだな。そんなものがあったなら、ビッグバンが何で起こったか知れるし、歴史の謎も解明できる。例えば、あなたと出会った時。
あの時をやり直したいね。もっと愛想良くして、言葉選びも、言動も最善を選ぶ。その後も今までの無駄な言動を省きたい。やり直したい。あなたとの未来を。
そうすれば、こんなことにならなかったと思う。私があなたの危険を全部知ってて、まるでヒーローみたいに駆けつけて、全部解決しちゃうの。
そうしたら、もっとあなたと居られたのに。そうでしょう?
こんなこと考えても無駄なのに。そう思った瞬間、頭と胸が重くなって息が出来なくなる。鼻がツン、として目頭が段々と熱くなってくる。
過去には行けないし、未来なんて分かるものか。私が存在して、知っているのは現在だけ。
だって、タイムマシーンなんて都合の良すぎるもの、ないのだから。
「嗚呼、その子。高い高いが好きなの。」
「高い高い…?」
親戚の間に生まれた子が二回目の誕生日を迎えると聞いて、前々から準備していた贈り物を抱え、訪れた。その時、中々会えないからと小さくて柔らかい命を抱かせてもらうことにした時。突如そう言われた。
「もう首が座ってから大分経つし。落とさなければ大丈夫よ。」
「はぁ…。」
少し不安だが、どうも断れない空気だ。しょうがないので、赤ん坊の脇に手を通し、空へふわりと投げ出す。
そうして瞬く間にまた手の中に戻ってきた。それはからからと笑っているが、こっちは気が気でなくて思わず存在を確かめるように抱きしめる。
我が子ではないが。からからと笑う君が天の使いのように見えて。空高く放り投げたらそのまま高く高く昇っていってしまいそうで怖かった。
通り雨と聞けば悪い印象がある人が多いであろう。そんな人達にわたしは通り雨も悪いものじゃないということを教えてあげたい。
ある日の昼休み、いつものお気に入りのお店で昼食を済まそうと思った時。突然、私の頬にお天道様の涙が落ちた。あ、と思った瞬間にはかなりの勢いで降り出していて、私は避難できる場所を探して走り出していた。
その時私が走り出した方向はお気に入りのお店の反対側の薄暗い裏路地だった。ほんの少しの間、休ませてもらえるところはないだろうか。そう思っていた矢先、ある女性に手招きされた。
「大丈夫ですか!?よかったら、ウチで休んでいってください!」
「!あ、ありがとうございます!」
善意に感謝し、少しだけ中にいれてもらうことにした。
そこはお洒落な小さなカフェだった。裏路地にあることや平日が原因なのか、客はほとんどいなかった。
「あら、少し濡れてますね。タオルを持ってきます。」
そう言うと、さっきの女性…この店の女給さんはカウンターの奥へと入り、直ぐに戻ってきた。
受け取ったタオルで髪や肩を少し拭くと、いつの間にやら珈琲の臭いが鼻を掠める。それがものすごく魅力的に感じた。
「これ、どうぞ。」
そう言いながら女給さんは私に注ぎたての珈琲を差し出した。真逆、自分に飲んでもらうために注いでいたとは思わなかった為、かなり吃驚した。
「え、いいのですか?」
「ええ。身体も冷えていると思いますし。どうぞ。」
私は彼女の言葉に甘えることにした。そうして、珈琲を飲み終わる頃には雨がすっかり止んでいた。
「あ、雨、止んでますね。」
「…!ええ。そうですね。珈琲代を払って出ていきますので、代金を教えて貰えますか。」
財布を取り出しながら言うと、彼女はあろう事かそれを拒んだ。
「い、いえ!さっきのは私の勝手で出したものです。お代は要りません。」
「いや、でも…悪いですよ。」
「うーん、だったら、珈琲の恩と思って、偶にこの店に顔を出してくれたら嬉しいです。」
どうにも彼女が引く様子がなかったので、わたしは彼女の謎の提案を受け入れてその日は帰ることにした。
実を言うと、彼女の入れた珈琲はものすごく美味しかった。 それこそ、今まで生きた中で一番と思ってしまうくらい。だからこそ、代金で感謝を伝えたかった。だが、またあの珈琲が飲めるのだったら、今回は引いてもいいかとも思った。
通り雨も出会いの一つ。無論わたしはそこであのカフェに出会えたことに感謝している。通り雨にも。だからこそ、君も少し視点を変えれば憂鬱なこの雨も力になるかもしれない。
わたしは雨のお陰で彼女にも珈琲にも出会えた。今ではわたしは彼女の店の常連となっている。