は、と長めに吐き出した息は白くなってイルミネーションに溶け込んだ。街ゆく人々は、家族連れだったり、会社員だったり……恋人同士だったりする。
よく、ネットで見かける可愛らしい結び方のマフラーに顔を埋もれさせている女性。彼女もまた、恋人を待っているのだろうか。女性をこんなふうに待たせたのは、いつが最後だったか。
もう、分からない程、記憶は白んでしまった。
仕事をこなし、適当に飯を済ませ、缶ビールを煽りながらソシャゲをして過ごす。そして、偶にテレビを眺める……といったような味気ない生活になってしまっていた。
そして、今日もそれは同じだろう。
大晦日だから、何かするという訳でもない。
「久しぶりにリモート飲み会しねぇ?」
だが、そんな考えも、旧友の連絡ひとつで変わってしまうものだった。兎の耳で丸を描いたスタンプを押すと、スマホをコートのポケットの中に突っ込む。
適当に入ったコンビニで、缶ビールとおツマミ……そして、普段は買わないであろう、ちょっとお高めのコンビニスイーツもカゴに入れた。
今日は、今年は彼に言うことが出来そうだ。
「よいお年を!」
ぐわり。
不安げに君の瞳が左右に揺れる。
呼吸は乱れ、胸が喘いでいる。
嗚咽が混じった息は聞くに耐えないもの。
「いや……、あ……いや、」
開いて閉じない口の端から、たらりと線が描かれる。
ぶるぶると手を震わせて治まらない様子の君の瞳が揺れながらも私を捉えた。
綺麗な円を縁った瞳孔がその大きさを何度か変える。
「たすっ、助けて、わたしは、ちがう、しかたなく……」
君の声はその瞳と同様に絶え間なく震えていた。
何かを取るように伸ばされた彼女の手はまるで真紅のゴム手袋を着けているかのように塗れていた。
視線を横にずらすと、君の体躯数倍はある肉塊が、同じ色をして転がっていた。
「なんで……なんで、そんな、かお、するの……。」
君は信じられない、とでも言いたいかのようにぐしゃりと顔を歪ませた。
そんなに酷い表情をしていただろうか。
「じゃあ、じゃあ! どうすればいいのよ、どうすればよかったの!?」
手も拭かずに私の胸倉を掴んだ君は力一杯に前後に揺すった。
遠慮もなく、頭を揺すられて、徐々に吐き気が競り上がってくる。
そして再び顔を覆って嗚咽を漏らし始めた君に、私は力なく触れることしかできなかった。
「……ごめん、ごめんなさい。」
もう、会えなくなるとしたら。
事前に「あと一週間したは会えなくなる。」
とか言ってくれたらそれなりに準備できるのに。
プレゼントとか、別れの挨拶とか、心の準備とか。
それすらもさせてくれないのが、突然の別れ。
そんなの互いに虚しさと悲しさと悔しさと虚構を残すだけじゃないか。
止めてくれよ。
だって、そんなの、「この別れには、大きな意味があった」って考えないと、気が狂って、可笑しくなってしまいそう。
ね、突然の別れより酷いものってないでしょう?
ねぇ、仕事の時間でも、友達同士の時間でもなくて、完全にプライベートのおうちにいる時間だったら何したい?
急に何?
何でもいいでしょ!とぷりぷり怒ったように頬を膨らませる彼女。
やっぱり君は本読みたい?それとも料理?君は女子力高い系男子だからな〜!あ、お裁縫とか!
勝手に妄想を繰り広げる彼女の頭を軽くチョップし、取り敢えずその妄想を止めさせる。
妄想癖を止めろよお前は。そうだな、俺はお前と電話したいよ。
はぁ〜!?何それ、いつもやってんじゃん。てかおうち時間で何したいかーって聞いたんだけど?
それって何するとリラックス出来るかってことだろ。俺は既に日課になってるそれがおうち時間でしたいこと。
へぇ〜、ふぅん?と顔を真っ赤にした彼女は興味があるのか無いのか分からないような返答を返すとぱたぱたと足を動かしどこかへいってしまった。
いつまでも、初心者面ではいられない。時間と共に大人になって、新しい芽を育てていく番が回ってくる。
そんなことは、分かっている。だって何だってそうだから。料理に掃除、勉強、部活動。全部全部、先人に教え与えられてきたもの。今度は返さなければならない。
そんな事は、周知の事実。だけれど、心の片隅に、どこか、まだもう少し、子どものままがいいと言い張る少年が居る。
だから、表では、大人になるからこの少年の声を伽らせることができない僕をどうか、赦して欲しい。