貝殻。貝殻ね。貝殻にまつわる、よるのはなしをしよっか。おれはねぇ、あの本がすき。入学したてのころ、昼寝する場所をさがしててた折。図書室の深窓で、ひとりでに落ちてきやがった本。むかぁしの本だったかなぁ。
オンナが「もう死にます」って言った。傍らにいたオトコが、ソイツの遺体を埋めて、百年、オンナがかえってくんのを待つはなし。
あんなに、よると月魄がにあう、ふしぎなゆめのはなしが、おれのこころに居座ってる。オトコはやくそくをまもるんだよね。真珠貝で穴を掘って、オンナの遺骸を埋めて。それから星の欠片を供えて。苔むした石の上で、いちにちを数え待つ。つめたいよるに、自然のあたたかさが手に添えてくれる感覚がすんの。なんとなく、これがニンゲンなんだって、オレはおもった。
でもさぁ、おれには「対価」が必要なの。だから、オトコが百年待つ理由は、ない。…オレがオトコだったら。オンナのためにはまいにち待たない。めんどくせぇじゃん。オンナに言われたから待つんじゃなくて、おれが「待ちたい」っておもったら。それはただの、おれの、エゴ。あは、おもしろ。
アイとかコイとか、そんなものは要らない。おれとおまえが、てきとうにたのしければ、それでいい。もしおまえがしんだら、おれはおれなりの方法で、かえってくるのを、気長にまったげる。かも。やっぱりおれのことだから、飽きるんじゃね?アハ。其れもまた、人間臭くて良いんじゃねぇの。
貝殻/それから 約束の話
宇宙と云ふ名の本棚は
どういふものかは御存知ですか
〝なにもない〟
の体現かしら
〝なんでもある〟
の証明かしら
✶
『 僕は違うと思うのです。何が違うって、自分のする事成す事凡てが違うと思うのです。どうも生き辛いと愚痴を零せば当り前にそれはそうだろうとうなづいてくれる友も、只寐てゐて暮らせる丈の金も在ると云うのに違うと思うのです。母も父も妹も、また先生も何の不満も不足もございません。其れだのに、僕は、僕の足り満ちない理由を満たせそうに在りはしない、僕は、全く可哀想なやつです。......不幸である事を幾ら証明しようも定理も何も僕はもたないから。何て云ったって僕の欲しいのはそういう物じゃあないですからね。僕が欲しいのは己が本当に実在すると云う証言でした。』
/私だけ 否、僕だけ
この骨身に厭がらせかと思へるくらいの雪である。まったく莫迦にしているらしい、嗚呼、人生への悔恨さへおれは抱かないのだ。畜生。おのが身と吐いた息しかおれはとんと持ち合わせていない。どころかおれの肺を出た瞬間から息さえおれのものではない。考へても考へても凍えるばかりで如何にもならぬものよ、なア、パン屑を齧つてゐる其処のおまへ!それ見ろ、恰度まなこの端で紅い南天の実が雪の重みで揺れてゐるぢゃあないか。あれはおれだ。世の憎しみやら何やらを一身に背負っているのだ。可哀想とは思わぬかと問ふのさゑ愚かだ。.......何とも耐え難ひ屈辱である。
✲
「あたし厭よ、一緒に踊ってくれないと厭よ。ヒステリーを起してあんまり腹を立てて怒鳴るなんて恐いわ、よして、あたしと踊って頂戴。昔猿を笑った時みたいに意地の悪いことは云わないから。よう。踊って頂戴よ。其れともあたしと踊るの、厭になっちゃったの?そんな訳はないでしょう、あたし知ってるわ、ね、我慢するのなんて止めにしたら。奥さんのお願いもきけないの。パパさん、ネエパパさん、ベビちゃんが駄々ッ捏ねてるのよ、手足なんか疎らにジッタバッタしてたくさんよ。今に泣いちゃうわ。良いの?気違いって云われたって止めてやりゃしないわ!」
「またコイをがんばってしてみたけど、ぜんぜん。レンアイにもむすびつかない。しあわせってなんなんだろ」
見知った女を抱いた。彼女からかおる香水は毎度、異なり、しんせんだった。目もとに綾なしたラグジュアリーな極彩色が剥がれ、ただただ、めばちこを晒す。その理由は兎角言わず、だきつかれる毎晩。苦痛では無かった。
乙女の皮が剥けるほどむさぼってから、彼女がくちをすべらせた。俺だけをえらんでれば、いいのに、なあ。いつまでもすきでは在れないよ。だって。また、おんなじことをくりかえすだろ。
しずむ。シズム。しあわせに、なりたい。ね。なりたい。なりたかった。な。
膝下をみせてきたカワイイにんげんが、あんまり、はずかしくて。大海に揉まれたはつこいが、なつかしい、な、あ。
◆
らぶれたあを、紙ひこうきにして、だれかに、みせたら。だめだよ。はずかしいもん。ふふ、それに。ふたりぼっちが大衆にいり揉まれるのは、キライだから。
「あきたらけす。いっかいやすみ。もういっかい。こんどはおまえといっしょに、やりなおし。」
レンアイだって、落ちることといっしょでしょ。