【愛を叫ぶ。】
「くそー!!ばかばかばかー!!」
放課後の屋上で思いっきり女子生徒が叫ぶ。
「やってらんねー!ふざけんなー!」
その目には溜まった涙が。
ぼろりと重力に従って頬を滑り落ちた。
思い切って好きになった男子生徒に告白をした。そうしたら、笑って「ごめんね」と言われてしまった。
真剣だった。こんなに好きになったのは人生で初めてだったかもしれない。なのに、すごく面倒くさそうに笑われたのだ。それが脳裏に貼り付いて消えてくれない。それを友達に笑い話にして話されてたいたのが、たまたま耳に入ってしまって気分は落ちる一方だった。
「あんなやつ、トイレットペーパーに包まれてウォッシュレットに流されてしまえー!」
叫んでも消えない胸の痛み。
と、後ろでどすんっ!と人が転けたような落ちたような音がした。
振り返れば同じクラスの男子が燈屋の上から備え付けの梯子で降りようとして落下したようだった。
え、もしかして聞かれてた?
そう思うとかあっと顔が熱くなる。
「あー、悪ィ。こそっと居なくなろうと思ったんだけど。つーかなに?ウォッシュレットに流されて欲しいくらい嫌いな奴でもいるの?」
「あ、いや、…ちょっと私都合というか」
「いいんじゃね、人なんてみんな自分都合だろう」
叫んでいた事を非難する訳でもなく、倒れ込んだまま体を起こすと淡々と男子は言った。
「じゃあ、邪魔したな」
「ちょ、ちょちょ待って!」
立つとくるりと振り返って燈屋の入口に向かう男子に駆け寄ると腕を掴む。
「っ、なに?」
驚いたように立ち止まって気まずそうにする姿に慌てて手を離した。
「あの、見聞きした事黙っててもらえる?」
「言わねーよ。俺になんの得があんの」
「ああ、よかった」
ほっと息をつけばすっと目の前に差し出されるタオルハンカチ。
「拭けば。濡れてる」
「あ、…ありがとう」
特に突っ込んでくる訳でもなく淡々としている態度に、ささくれ立っていた気持ちが落ち着いていく。
ハンカチを受け取って濡れた頬に滑らせると、ふわりとハンカチから柔軟剤の匂いがする。
あ、好きな匂いだ。
「洗って返すね」
「…ん」
沈黙が落ちる。
「あの、告白失敗、しちゃって。なんであんな人好きだったのかなって」
それが耐えられなくて思わず口走っていた。
男子が迷ったように視線をさ迷わせて、ぽそりと言葉を落とす。
「…、好きだったんだろう。だったら好きだった自分まで否定する必要はなくね」
思いもよらない言葉だった。
「そう、なのかな」
「まだ好き?」
笑い話にされて他人に話されて。真剣な気持ちを踏みにじられた思いがした。そんな人を好きなんて感情は少しづつだが薄れていっているような気がする。
「トイレに流したくなる位だから、ね」
「ふっ、はは。そうだな」
男子が相好を崩して笑った。
それにおかしくなって一緒に笑う。
「因みに言っとくけど、ウォッシュレットは流すんじゃなくて洗う方な」
「あれ、そうだったけ?まあいいよ。私にとっては洗い流したいものだったってことで」
不思議だった。この男子と話していると気持ちが楽になる。
さっきまで不満を叫んでいたのがおかしく感じてしまう。
「お前、こんな場所で叫んでたのといい思い切りがいいのな」
「だって黙っててくれるんでしょう」
目の前の顔が呆れたように軽くため息をつくと、今度こそ燈屋の入口へと向かって歩き出した。
「さあな。そんなに口止めしたきゃ同じクラスなんだし張り付いてみたら」
「え、さっき黙っててくれるって言った!」
「気が変わったって言ったら?」
「得すること!黙ってたら得する事するから!」
「じゃあ、また明日教えて。俺が得すること」
そう言って入口のドアを開けると男子はにやりと笑ってひらりと手を振った。
「え、待って!」
「明日な」
そう言ってぱたりとドアは閉じられる。
残された女子生徒はその場でしゃがんでしまう。
変な汗が出た。あれ?これやばくない?
今になるとどうでもいい捨ててしまいたい感情を吐き出す最悪な場面を見られて、それとなく多分、慰めてくれた。根掘り葉掘り事情を聞くこともなく、下手な助言をすることもなく。
手元に残った男子のハンカチをぎゅうと握る。
優しい。そう思ったのに。
「ひとでなしー!!」
思わずまた叫んでいた。
【初恋の日】
ぽつん。最初はそんな感覚だった。
ぽつん。ぽつん。ぱたっ、ぱたぱた。
そうして落ちてくる雫が水面に波紋を広げるように心に染み込んでくる。
時間を重ねると、いつの間にか落ちてくる雫が勢いを増し、ざあざあと雨が降るように水面に叩きつけられて水波を立てた。
凪いでいた心は落ちてくる感情に波風を立てられて激しく音を立てて揺れ動く。
それに合わせてどくん、どくんと心臓が鳴った気がした。血の巡りが速くなって、体がぽかぽかして暑いくらいだ。特に顔が。
頬も思わず緩んでしまいそうになって口を引き結ぶ。だらしのない顔になるのが嫌で必死に顔に力を入れれば顰め面になっていたようで顔面が痛い。
「どうしたの?」
必死に渋面になるのも、にやけ顔になるのも回避しようとしていたら、この心の元凶である女は不思議そうに尋ねてきた。
何も知らない何気ないひと言に、心の中はまた揺れ動く。
あああ、もう勘弁してくれ。そう思っても不思議そうに顔を覗き込んでくると、ぴとりと女の指が眉間を押した。
「すごい顰め面。すごく悩んでることでもあるの?私で良かったら聞こうか。聞くだけしかできないけどね」
触れた指を頭を振って払う。
前髪を少しだけかき集めて眉間を隠した。
「なんもねーよ」
ぽつりぽつりと積み重なってきた感情。
どうして今、突然に自覚してしまったんだろうか。
「強いて言うならお前のそういうところ」
女は何が?とでも言いたげに首を傾げる。
簡単に触れてくるところ。触れられたところが熱くなって、雫になるとぽつりと心にまた落ちていく。
何とか落ち着かせたいと思っているのに、凪ぐ事の無い心の揺れ。
恋って、好きって、こんなにも落ち着きのないものなのだろうか。
まるで心の中が沢山の感情で嵐のような状態。
そう。まるで今日のような土砂降りの雨の日みたい。
「傘使っていいよって言ってたろ」
「持ち主がびしょ濡れになって帰るのは良くないよね。それに方向一緒だし」
「だから、そういうところ」
「ん?さっきからなに。もしかして私が待ってたから怒ってるの?」
「ちげーし怒ってねェし。勘違いすんなよ」
「そう。なら良かった。じゃあ相合傘して帰りましょうねー!」
女に預けていた傘は少しばかり大きくて、2人で入ってもそう濡れる大きさではない。
「俺が持つよ」
開こうとしていたところに声をかければ、ぱっと傘を開いて渡してくれる。
「よろしくお願いします」
「お前の身長に合わせるとあれだから、俺の腰が曲がる」
建物の玄関口を出て歩き始めると濡れないようにと、すり寄ってくる女の頭が肩の下に見えた。
積もりに積もった初めの恋の感情に気がついた日がこんなに酷い雨の日で、それも相合傘をした日なんて。
【耳を澄ますと】
いつも何かしらの音が隣の部屋から聞こえてくる。
理由は築何十年と経っていて家賃が安く、セキュリティは甘く、壁も薄い。そんな物件だったから。
生活は誰しも覗かれたくない。だから敢えて聞かないように努力をして聞き流していた。
でもある日の夜中のこと。なかなか寝付けずに布団の中を右に左にとごろごろとしていた時だ。
女の艶声が聞こえてきた。
隣の住人は歳は大学生くらいの男の一人暮らし。ちょこちょこ顔を合わせては挨拶をする程度の関係で、素性は詳しくは知らない。
そういう事はえっちなホテルでやりな。と心の中でごちながら手で耳を塞ぐも声は大きくなる。思わずイヤホンを装着すると音楽を流して布団に入り直した。
──眠れなかった。
女の声を掻き消すために音楽の音は段々と音量を増した。そんな事をすれば深い眠りにつける訳もなく、翌朝鏡を見て溜息をつく。
そんな事が何日か置きに続いて、かれこれ一ヶ月は我慢をした。が、もう体の方が限界だった。
日曜日のお休みの日。
朝から耳を澄まして隣の部屋の男の様子を伺う。朝からテレビの音が聞こえて「今日は晴れです」なんて天気予報のお姉さんの声が元気よく言った。
あんなに聞かないようにしていた生活音を必死に拾っていた。偶然を装って、それとなく注意を促そうと思って。
お昼に差し掛かった時だった。キィと玄関の扉が開いてパタリ。閉じては鍵をかけるガチャンという音がした。出ていった。
出かけるのは用事があるからだろう。出かけ前にアレコレ言うのは相手も時間の都合があるだろうから戻ってくるのを待つ。
30分ほどじっと待っていると歩く足音がして隣の部屋の前で止まった。
帰ってきた!
チャンスを逃すまいと玄関で耳を澄ましていた女は財布を手に偶然を装いながら扉の外に出る。
「あ、こんにちは」
ぱたりと扉を閉じて鍵穴に鍵を突っ込もうとするも、緊張で手が震えて鍵穴に刺さらなかった鍵が落ちて男の足元に転がった。
「落ちましたよ」
そう言って直ぐに拾ってくれると、男は近づいてきて腕を掴んでくる。
突然の事にひゅっと喉が鳴った。
掴まれた手の平の上に鍵が置かれる。
「はは、緊張してんの?もしかしていつもそんな顔して聞いてくれてんの」
「…!」
その言葉に思わず鍵を乗せられた手を取り戻そうとした。
なのに強く握られた腕はそう簡単に抜けなかった。
「あれね、えっちなビデオ観てあんたがどんな顔してるかなって想像して抜いてた。俺の部屋にきて確認してみる?俺はあんたがどんな顔するのか見てみたいな」
何も言葉にならなかった。隣の部屋の住人に、こんな風に見られていたなんて。
男は鍵をさっと出して開けると掴んだ腕を強く引いて部屋の中に女の体を押し込んだ。
ぱたりと扉が閉じて、ガチャンと鍵が閉まる音が響いた。
重ねるふわりとした口唇。
甘い酸っぱいストロベリーの香りがして、ふわりと舌が絡むと口移しされる甘さよりも強い酸っぱさに眉をしかめる。でも彼は離してくれなくて、ちゅぶっ、ちゅっと音を立てながら舌で貪ると、息継ぎに離した瞬間を狙って女は男から引き剥がす。
「うえ、酸っぱくない?今回の苺すごく酸っぱいよ?」
「パフェ用だからいいんです。甘いソフトに合わせてたらゲロ甘だろうが。まあ俺は苺も甘くてもいい方だけどね」
「あ、ごめん、さっきのパフェ間違って酸っぱい方使っちゃったんだよね…!ごめんね!」
なんて店員が零すと手のひらを返したかのように悪態を男はついた。
「はー?マジかよ俺の金返せ」
「もちろん今回のはチャラで、次きた時には違う苺でのパフェ作るから、内緒にしてくれると有難いかな。こっちの不手際だし」
そんな魅力的なことを言われて我慢が出来る彼では無い。
「うーっす。よろしく。明日またくるから頼んだわ。お前も内緒にしてろよ」
男にすると喜ばしい事になったようで、秘密はしっかり守るようにと、女はそれこそ口を酸っぱくして言われた。
それこそ酸っぱい苺のパフェを食べきったあとにまた接吻けられれば、ふたりの秘密はとても口が酸っぱかった。
ストロベリーパフェごときにぃっ!って彼女は叫ぶ