【耳を澄ますと】
いつも何かしらの音が隣の部屋から聞こえてくる。
理由は築何十年と経っていて家賃が安く、セキュリティは甘く、壁も薄い。そんな物件だったから。
生活は誰しも覗かれたくない。だから敢えて聞かないように努力をして聞き流していた。
でもある日の夜中のこと。なかなか寝付けずに布団の中を右に左にとごろごろとしていた時だ。
女の艶声が聞こえてきた。
隣の住人は歳は大学生くらいの男の一人暮らし。ちょこちょこ顔を合わせては挨拶をする程度の関係で、素性は詳しくは知らない。
そういう事はえっちなホテルでやりな。と心の中でごちながら手で耳を塞ぐも声は大きくなる。思わずイヤホンを装着すると音楽を流して布団に入り直した。
──眠れなかった。
女の声を掻き消すために音楽の音は段々と音量を増した。そんな事をすれば深い眠りにつける訳もなく、翌朝鏡を見て溜息をつく。
そんな事が何日か置きに続いて、かれこれ一ヶ月は我慢をした。が、もう体の方が限界だった。
日曜日のお休みの日。
朝から耳を澄まして隣の部屋の男の様子を伺う。朝からテレビの音が聞こえて「今日は晴れです」なんて天気予報のお姉さんの声が元気よく言った。
あんなに聞かないようにしていた生活音を必死に拾っていた。偶然を装って、それとなく注意を促そうと思って。
お昼に差し掛かった時だった。キィと玄関の扉が開いてパタリ。閉じては鍵をかけるガチャンという音がした。出ていった。
出かけるのは用事があるからだろう。出かけ前にアレコレ言うのは相手も時間の都合があるだろうから戻ってくるのを待つ。
30分ほどじっと待っていると歩く足音がして隣の部屋の前で止まった。
帰ってきた!
チャンスを逃すまいと玄関で耳を澄ましていた女は財布を手に偶然を装いながら扉の外に出る。
「あ、こんにちは」
ぱたりと扉を閉じて鍵穴に鍵を突っ込もうとするも、緊張で手が震えて鍵穴に刺さらなかった鍵が落ちて男の足元に転がった。
「落ちましたよ」
そう言って直ぐに拾ってくれると、男は近づいてきて腕を掴んでくる。
突然の事にひゅっと喉が鳴った。
掴まれた手の平の上に鍵が置かれる。
「はは、緊張してんの?もしかしていつもそんな顔して聞いてくれてんの」
「…!」
その言葉に思わず鍵を乗せられた手を取り戻そうとした。
なのに強く握られた腕はそう簡単に抜けなかった。
「あれね、えっちなビデオ観てあんたがどんな顔してるかなって想像して抜いてた。俺の部屋にきて確認してみる?俺はあんたがどんな顔するのか見てみたいな」
何も言葉にならなかった。隣の部屋の住人に、こんな風に見られていたなんて。
男は鍵をさっと出して開けると掴んだ腕を強く引いて部屋の中に女の体を押し込んだ。
ぱたりと扉が閉じて、ガチャンと鍵が閉まる音が響いた。
5/4/2024, 11:15:44 AM