朝倉 ねり

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1/28/2026, 11:48:51 AM

『街へ』

「カントリーロード、この道ー、ずうっとぉ、行けばー」
昼休み、僕ら以外は誰もいない教室。
ぽっかり空いた空間があると歌いたくなる衝動に駆られる僕が、下手な歌声を響かせていたところ。
「……その曲、日本語の歌詞あるんだ。」
友人の駿が、僕の調子外れな音に険しい目を向けながら言った。
その声は酷く冷たくて、聞いてきたのはそっちなのに答えを求めているようには到底聞こえない。

まぁ駿はこういう所がある。
だが、めげずに話しかければ聞いてはくれるから、実は優しいやつ(?)なのだと僕は知っているのだ。
「え、むしろこの曲日本のじゃなかったの。僕日本語の歌詞しか知らないけど。ほら、ジブリの映画でさぁ、この曲を歌うシーンがあって、僕あれ見て一時期海外にバイオリン作りに行きたくて、母ちゃんにダダこねてたわ。」
「お前に楽器作りは無理だろ。……その曲、アメリカの曲だよ。誰のかは知らないけど、俺は英語でしか聞いたことない。」
駿は素っ気なく幼い頃の僕の夢をぶった斬ると、曲を小さく口ずさみ始める。
「Country road, take me home to the place I belong~」
ほとんど息のカッスカスな駿の歌声は、正直僕より下手だと思った。

でも、そんなものより、僕は歌詞が気になった。
「英語の方って家に帰りたいって曲なんだ。」
「ん?逆に日本の方は違うの?」
ウェストバージニアーとか歌ってた駿が固まって、僕の方を怪訝そうに見上げる。
「うん。……意訳ってやつ……なのかな。よくわからんけど、日本語の方は家に帰らない、帰りたくないって感じの曲だな。」
「なんだよそれ。」
「僕からしたら、家に帰る方がなにそれって感じなんだけど??」
謎の日米ギャップに翻弄される僕たち。
頭の上にハテナマークをポンポン飛ばしている僕と違って、駿はすぐに冷めたようなどうでも良くなったような目をした。
「……ま、とにかく道を歩いてるってことだろ。家があるか無いかはともかく、街に向かって。」
「雑だな、そのまとめ方!」
僕は思わずツッコんだけれど。
もしかしたら駿は、家がある街に帰りたくないのかもしれないななんて、彼の暗く濁って達観したような目を見ながら僕は思った。

1/27/2026, 11:52:18 AM

『優しさ』

ふと、気づいた時には車道側を歩いていたりとか。
重そうな荷物ばかり持っていたりとか。
自分の取り分を少なくして、皆が多く食べられるようにしていたりとか。
相槌ばかり打って、場を回すことに注力していたりとか。
車のドアが開きすぎないよう押さえていたりとか。
猫舌なのに、出来たてのものをすぐに食べて「美味しい」って言ったりとか。
何か抱えていそうな人をいち早く見つけて、少し離れたところからチラリと様子見をして、必要があれば近づいたりとか。
視界にいつもいて、クルクルと忙しそうに動いて頼られているところとか。
ドアを先に開けておいてくれたりとか。
なるべく笑顔を絶やさないよう、密やかに微笑んでいるところとか。
ペン先や刃先を絶対にこちらに向けないところとか。
呼吸するみたいに「ありがとう」って言ってくれるところとか。


目を見て、ニコリと笑って、話しかけてくれたりとか。
そういう、貴方の小さくて、柔らかくて、偉大な優しさの集まりが。

「ああ、好きだなぁ」と思うところなのです。

1/25/2026, 6:06:34 AM

『逆光』

「光の逆は影って物理法則、物理でしか効かないんだな」
居酒屋でしこたま飲んだあと、お前は今までやかましくしていたのが嘘みたいに、静かにポツリと言った。
「あ?ンだよ、急に。今更理系気取りか?」
「理系気取りってなんだよ、俺は元から理系だ。……今急に酔いがさめてさ、思ったんだ。俺が物理法則に従って生きれたのなら、こーんな影に落ちちまったって反対に行きゃ光なのにって。」
現実は、影を抜けたって影ばかりなのにな。
再び暗くなった雰囲気を茶化すように、隣に座る友が水を煽る。
注いだ時にはキンキンだったそれは、今はもうぬるく、表面の水滴の多さが俺たちの長居を物語っていた。



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上手く思いつかなかったのでここまで。

1/23/2026, 12:56:20 AM

『タイムマシーン』

「母さんはなんでそんなシワとかシミだらけなんだよ!ババアだから友達に見せるの恥ずかしいよ……」
思春期、と世間で言われる時期に差し掛かった息子。
私の顔を見て、ウンザリした顔でそう言った。

とてもショックだった。
自分の顔を貶されたことよりも、息子が、私の大事な息子が、平然と人を傷つける言葉を吐くようになったことが何よりも辛かった。

貴方を育てるのにお金を使ってしまって、自分の美容に使う余裕が無かったのだと言っても貴方は納得しないのでしょう。
私が被害者ヅラをしている、とより嫌悪感を抱くだけなのでしょう。それか、そんなものは甘えだと言うのかもしれない。

ああ、貴方は若いのだ、息子よ。
貴方は若いから傷も直ぐに治るし、シワやシミのないハリのある肌なのだ。
貴方もいずれこうなる日がくる。
何十年か後、鏡で自分の顔を見た時、ヨボヨボの老人がそこには写っていることだろう。

そうして貴方は自分の生きてきた月日の長さを知る。

今の私と同じように傷つき、長かった人生を思い出し、過去の自分にスキンケアや体調管理をちゃんとしておくよう、タイムマシーンに乗って言いに行きたくなるのかもしれない。

けれど。
私にとってこのシワやシミは、誰がなんと言おうと大切なものなのだ。

「これはね、貴方を育ててきた証なのよ。貴方を産まずに、貴方を育てないまますぐに死んでいたら、こんなに老いることも無かったでしょう。この顔や手のシワは、貴方と共に生きてきた年月の長さなの。」
───大事な息子を、大切に育てるための等価交換に、私の人生が必要だったのよ。

1/22/2026, 9:38:51 AM

『特別な夜』

人生は死ぬまでの暇つぶし。
そう言ったのは誰だったか、僕の平凡極まる人生はダラダラと続き、ああこのままなんとなく死んでいくのだろうなと思いながら生きている。
そも、『特別』という言葉は『普通』があるから成り立つんだよな、なんてくだらない言葉遊びでも考えるとするか。

僕にとっての『普通』は、仕事に行ってご飯を食べたり食べなかったりして、アパートで一人暮らしをすることだ。
そして僕にとっての『特別』は、それ以外のイレギュラーなこと全て、ということになる。
例えばデート。
なんとなく気になっている女性と仕事終わりに食事に行ったり、もしかしたらそのまま夜を過ごすことだってあるだろう。
眠れない夜だってあるかもしれない。
布団が薄くて寒くて寝れないとか、逆に暑すぎて寝れないとか。
色んな夜の過ごし方も、眠るという一般的に『普通』とされる行為から逸脱すれば、それは全て『特別な夜』ということになる。


でも。
と考える。
思い出すのは数年前、国外のきな臭い地域で仕事をしていた時のことだ。
僕が暮らしていた場所はその国の中心地で、比較的安全が保証されている地域だったのだが、それでも時々ミサイルが飛んでくることがあった。
いや、ミサイルなのかドローン攻撃なのかその他の攻撃手段なのかは、この平和ボケした日本生まれの僕には見分けがつかなかったが、まあつまり僕が駐在していた場所は紛争地域だった。
花火を少し鈍くしたような音が常に聞こえる場所で、僕は仕事をしていたのだ。
その地域で生まれ育った同僚に「初めは花火かと思ったよ。でも真昼に花火が上がるはずがないものな」と言うと、彼は「俺は映画で花火を見ると、真っ先にまたミサイルが飛んできたのかと身構えちまうよ」と言われた。
彼にとって、あのドーンという音は『普通』ミサイルなのだ、と思った時、僕は初めてカルチャーショックの洗礼を受けて、目が乾くまで瞬き1つ出来なかったのを覚えている。
あとこれは僕の無知から来た衝撃だったのだが、ミサイルは夜よりも昼にくる。
僕は闇夜に紛れて奇襲をしかけてくるイメージを持っていたのだが、昼の方がミサイルの白い煙が光って軌道が見えづらいので攻撃の成功確率が上がる、らしい。
こういうことも、日本なら軍事に詳しい人しか知らないのだろうなという『特別』感と共に、現地の人間なら『普通』であるというギャップが僕の前に壁のように立ちはだかったのだった。

結局大きな攻撃もないまま赴任は数年で終わり、それから僕はずっと日本にいるが、帰国してからしばらくはソワソワする日が続いた。
「今日ミサイルの音が聞こえないな」とか、「初めての場所なのに避難経路を確認する人がいないな」とか、今まで『普通』だと思っていた日本での暮らしが鈍感な人間達の集まりのように見える感覚がずっと消えないままで、逆カルチャーショックも経験したのだが、これも直ぐに立ち消え、元通りの『普通』になった。

『普通』も『特別』も環境依存の言葉なのだ、つまりは。
この平和な日本で『普通』に夜静かな眠りにつけることを有難く思いながら、今日も僕はダラダラと生き延びる。

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