『特別な夜』
人生は死ぬまでの暇つぶし。
そう言ったのは誰だったか、僕の平凡極まる人生はダラダラと続き、ああこのままなんとなく死んでいくのだろうなと思いながら生きている。
そも、『特別』という言葉は『普通』があるから成り立つんだよな、なんてくだらない言葉遊びでも考えるとするか。
僕にとっての『普通』は、仕事に行ってご飯を食べたり食べなかったりして、アパートで一人暮らしをすることだ。
そして僕にとっての『特別』は、それ以外のイレギュラーなこと全て、ということになる。
例えばデート。
なんとなく気になっている女性と仕事終わりに食事に行ったり、もしかしたらそのまま夜を過ごすことだってあるだろう。
眠れない夜だってあるかもしれない。
布団が薄くて寒くて寝れないとか、逆に暑すぎて寝れないとか。
色んな夜の過ごし方も、眠るという一般的に『普通』とされる行為から逸脱すれば、それは全て『特別な夜』ということになる。
でも。
と考える。
思い出すのは数年前、国外のきな臭い地域で仕事をしていた時のことだ。
僕が暮らしていた場所はその国の中心地で、比較的安全が保証されている地域だったのだが、それでも時々ミサイルが飛んでくることがあった。
いや、ミサイルなのかドローン攻撃なのかその他の攻撃手段なのかは、この平和ボケした日本生まれの僕には見分けがつかなかったが、まあつまり僕が駐在していた場所は紛争地域だった。
花火を少し鈍くしたような音が常に聞こえる場所で、僕は仕事をしていたのだ。
その地域で生まれ育った同僚に「初めは花火かと思ったよ。でも真昼に花火が上がるはずがないものな」と言うと、彼は「俺は映画で花火を見ると、真っ先にまたミサイルが飛んできたのかと身構えちまうよ」と言われた。
彼にとって、あのドーンという音は『普通』ミサイルなのだ、と思った時、僕は初めてカルチャーショックの洗礼を受けて、目が乾くまで瞬き1つ出来なかったのを覚えている。
あとこれは僕の無知から来た衝撃だったのだが、ミサイルは夜よりも昼にくる。
僕は闇夜に紛れて奇襲をしかけてくるイメージを持っていたのだが、昼の方がミサイルの白い煙が光って軌道が見えづらいので攻撃の成功確率が上がる、らしい。
こういうことも、日本なら軍事に詳しい人しか知らないのだろうなという『特別』感と共に、現地の人間なら『普通』であるというギャップが僕の前に壁のように立ちはだかったのだった。
結局大きな攻撃もないまま赴任は数年で終わり、それから僕はずっと日本にいるが、帰国してからしばらくはソワソワする日が続いた。
「今日ミサイルの音が聞こえないな」とか、「初めての場所なのに避難経路を確認する人がいないな」とか、今まで『普通』だと思っていた日本での暮らしが鈍感な人間達の集まりのように見える感覚がずっと消えないままで、逆カルチャーショックも経験したのだが、これも直ぐに立ち消え、元通りの『普通』になった。
『普通』も『特別』も環境依存の言葉なのだ、つまりは。
この平和な日本で『普通』に夜静かな眠りにつけることを有難く思いながら、今日も僕はダラダラと生き延びる。
1/22/2026, 9:38:51 AM