シャッターを切る。
小さな四角の中に、その一瞬の姿を仕舞い込む。
「あー逆光だよ、これ」
画面を覗き込むと、たしかに逆光になっていて、映してもらったはずの私の顔がよくわからない。
「でもまぁ、これはこれで味があるんじゃない?」
カメラを持った本人はどうにも納得いっていないようだが、私はこれで良かった。
だって、きっと、君に写真を撮ってもらえて、ものすごく浮かれた顔をしていたから。ふと我に返って、恥ずかしくなってしまったんだ。
『逆光』
限りなく続く、白。
どちらが上か下かもわからない。本当に真っ白な空間。
前に進んでいるのかも、上っているのかも、下っているのかも、もしかしたら、後ろに後退しているのかも、私はそれすらわならない。
ただ、辺り一面真っ白で。他には何も見当たらなくて。何も感じなくて。
そこに、ただ独り、ぽつん。と、自分だけがいるようだ。
ここは、どこだろう?
どうして、こんな場所にいるのだろう?
どうやって、ここに迷い込んだのだろう?
真っ白な空間。
何もない空間。
白しかないから、私自身が本当にそこにいるのかさえもわからない。
そんな消え入りそうなほどの白の中、私は、たぶん、歩き続けていた。
どこに向かっているのかも、進んでいるのかもわからないままに。
歩き続けた先に、私は見つけた。
白い檻の中に閉じ込められ、隠された『私』を。
そこで、何もないと思った真っ白な空間は、からっぽの私の心だと気付いた。
白に隠されて、閉じ込められた――いや、自分で檻に閉じ込めていた。からっぽの私自身を。
哀しくなって、鉄格子越しに、抱き締めた。何も持たない私を。
一筋の涙が頬を流れ落ちると、世界が暗転した。
――朝だ。
目覚めると、カーテンの隙間から、日差しが直撃していた。眩しい……。
ふと、涙を流していることに気付いた。
何か悲しい夢でも見ていたのだろうか?
でも、どこか心はすっきりしていて。体を起こして大きな伸びをした。
いつもの一日が始まる。それでも何かが変わるような、そんな予感と共に。
『こんな夢を見た』
私は過去に戻る決意をした。
こんな日の為に用意をしていた。タイムマシーンだ。
私は早速乗り込み、日付と時刻を合わせた。
戻るぞ。――昨日へと!
そうしてやって来た。
届いた新聞を見て、間違いなく辿り着けたことを確認する。
やった。成功だ!
早朝にやって来たので、この時の自分はまだ寝ているはず。自分と鉢合わせないうちに早く家を出なくては。
私は身支度を整えると家を飛び出した。
行先は――コンビニ。
私の目的、それは――即日売り切れた人気ゲームのコンビニコラボグッズを購入することだ!
その為に私は一日前に戻ってきたのだ。
昨日の私だって、発売開始すぐに買いに来たはずなのに、その時にはもう売り切れていた。こんなに早く売り切れるとは、いくらなんでもおかしい。転売ヤーのせいに違いない。転売ヤー許すまじ。
だから、転売ヤーが買う前に私が買い占めるのだ。
コンビニに辿り着き、棚にグッスが並べられると同時に、私はそれを全てカゴに入れてレジへと並んだ。そして無事に購入することができた。
やった! 目的達成だ!
コンビニを出ると、向こうから歩いてくる人影が見えた。
まずい。あれは、私だ。
慌ててコンビニの影に隠れる。
私は私に気付くことなくコンビニの中へと入っていった。
――そこで、私はすぐ売り切れていた理由に気付いたのだった。
『タイムマシーン』
深夜の薄暗い部屋。
電球に照らされ、影がゆらりと揺れる。
引き戸をずらして、そっと部屋の様子を窺う。
そこには誰もいない。
でも、確かにいるんだ。何かの気配が。そろりそろりと底を這うような。得体の知れない何かが。
――どこだ? 隠れている?
包丁を持って、うろうろ……。
逃げる。
僕は逃げる。
――安全な場所はどこにある?
何かがいる。どこかにいる。
逃げ場所なんてどこにもなくて、一人部屋の外で膝を抱える。片目で引き戸を睨む。
その引き戸が、ゆっくりと、開かれる。
その向こうに、キラリと光る、片方の目。
そして、その全てを、静かに現した。
手に持つものは――包丁。
いつの間に手にしたか、僕も同じものを持つ。
殺される前に――振り下ろす。
何度も、何度も。
ラジオから微かに流れるノイズ。
『――……本日、――ザザッ――……で……があり――……人、死亡――……。なお、現在――……。……また、……により……ザザッ――』
「アハハハハハハハハ!」
そいつは笑った。血塗れで僕を見てくる。
僕は叫ぶ。
血塗れの姿の僕。
そいつは、僕の姿。
殺したはずの、そいつ、僕の姿。
怖くなって、また逃げ出す。
「逃げるなよ!」
横たわったそいつが言う。
「また逃げるのか!」
「お前にはお似合いだ!」
「殺しても殺せない!」
「臆病な自分は殺せない!」
「一生ついて回るさ!」
「逃げられると思うなよ!!」
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ……!」
頭の中から声がする。
もう、何も、見ない。
僕は、悪くない。
ほら、そいつは、死んだ。
もう歩き回らない。もう怯えなくていい。もうどこにもいない。
僕が殺したんだ。
今日みたいな夜は魔物が潜む。
カーテンの隙間から射し込む月明りが僕を照らした。
『特別な夜』
海の底って宇宙みたいだな。
宇宙が好きな男はそう思った。
海の底は暗くて静かで、遥か彼方にキラキラと輝くものが見える。
手を伸ばしても届かない。
近付き過ぎたら翼は溶けてしまうから。
堕ちていく。意識と共に、底の方へと。
でも思ったよりも暖かくて、心地良くなって、目を閉じた。
まるで宇宙に放り出されたようで、なんだか幸せな気持ちになった。
浴槽の底で発見された男の顔は、どこか幸せそうな顔をしていた。
『海の底』