今夜は月見酒と洒落込むかと、深夜のベランダに出て、一人酒を呷った。
片手につまんだ一枚の絵葉書の端っこに、ライターで小さく火を点ける。それは見る見る燃え上がり、すぐに灰と化した。
改めて顔を上げ、なんて狭い空なのかと、溜息を吐く。
ビルに遮られた狭い狭い夜空でも、月は顔を覗かせてくれていた。
「綺麗な月だねぇ」と、何事もなかったかのように呟いて、また一口。
月は昨日の細い様相からまた少し姿を変えて三日月となり、いつもと同じくそこにあった。都会の空には星なんてほんの僅かで、それでも消えまいと光っている。
こんな夜は、物思いに耽ってしまう。
過去のこと、仕事のこと、人生のこと、恋愛のこと――。
ベランダの縁に残った燃えかすをちらりと見た。今まさに風が小さく吹いて、それを空へと散らしていく。
ここでどれだけ苦しんでいても、誰も気付かない。
この狭い夜空の下で更にちっぽけな存在に、誰が気付こうか?
自分の存在なんて、苦しみなんて、本当の空に比べてみれば、一体どれだけ小さなものだろう。
理解っている。理解っているけれど。
「さよなら」と呟いて、少し、泣いた。
三日月はそんな自分を、優しく長く照らしていた。
『三日月』
世界が色とりどりに染まっている。
赤、青、黄色……様々な色で。白かった壁はもう何色と形容していいのかわからない。
足元には散らばったクレヨン。
子供達は無邪気に笑っている。
私も、色とりどりの壁に囲まれて、乾いた笑いを漏らした。
『色とりどり』
「……え? 外白い……」
外に白くて軽いものが、まるで羽根のように舞っている。
少女は驚いた様子でそれを見ている。
「あれ。雪、見たことない?」
「あまり……」もう一人の少女の言葉に、彼女は雪を眺めたまま答えた。「私の故郷は、雪なんてほとんど降らなかったから……」
故郷を思い浮かべる。
そこは、暗く陰湿な雰囲気がして、好きじゃなかった。
でも、そこに置いてきた、妹のことを思い出した。妹のことは大切だったから。
雪のように無垢な笑顔が脳裏に浮かぶ。
そうだ。近いうちに帰ろう。
驚く妹の姿を想像して、少女の口元が緩んだ。
『雪』
外では嫌な顔一つせず、いつも笑っている。
「能天気だ」と、「何も考えていないんじゃないか」と、「ストレスなんてなさそうで羨ましい」と。
そう言われていることを知っているけれど。でも。
そんはものは――みんなが見ているものは、噓だって。自分がよく知っている。
「死にたい」
聞き慣れた言葉。
目は既に死んでいるようで。
自分にとってはこれがいつもの君で、みんなのあの評価の方がよくわからない。
「いいから。寝てなさい」
ベッドでぐったりしている君の手を握った。
相変わらずの死んだ目で自分を見てくる。
「私が死んだら泣いてくれる?」
「そりゃ泣くよ。だから、死なないで。とにかく、疲れてるなら寝なさい」
「一緒に寝てくれるなら」
――溜まってる仕事、したいんだけど……。
などと言えるはずもなく。布団をめくり、君の隣に横になる。
――甘い。甘いなぁ。つい、甘やかしてしまう。
でも、期待に添えないと、更に面倒なことになるのも目に見えてわかっている。
君がぎゅっとしがみついてくる。
「死にたい」
まだ言っている。
これが日頃溜まったストレスの発散方法なんだろうが、だんだんとこちらも疲れてくる。
それでも君が好きだから、それも全て受け入れる。
「もしも死ぬときは、一緒に」
そっと額にキスをする。
そうして、ようやく君は安心したように微笑んだ。
「おやすみなさい」
『君と一緒に』
土手を、空を見上げながら歩いていると、宙に凧が泳いていた。
久々に見たなぁなどと思いながら、川辺を見下ろすと、大人と子供が入り混じって、凧揚げや羽根突きをしている。
冷たく吹く風など物ともせず、楽しそうな声が上がっている。
すごいな。すごい。懐かしい正月って感じだ。
空は青く澄んで、板に当たる羽根の音と、子供たちの笑い声と、冷たい風の音がハーモニーを奏でている。
ふふっと息を吐き出すと、それは辺りを白く染めた。
『冬晴れ』