川柳えむ

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 今夜は月見酒と洒落込むかと、深夜のベランダに出て、一人酒を呷った。
 片手につまんだ一枚の絵葉書の端っこに、ライターで小さく火を点ける。それは見る見る燃え上がり、すぐに灰と化した。
 改めて顔を上げ、なんて狭い空なのかと、溜息を吐く。
 ビルに遮られた狭い狭い夜空でも、月は顔を覗かせてくれていた。
「綺麗な月だねぇ」と、何事もなかったかのように呟いて、また一口。
 月は昨日の細い様相からまた少し姿を変えて三日月となり、いつもと同じくそこにあった。都会の空には星なんてほんの僅かで、それでも消えまいと光っている。
 こんな夜は、物思いに耽ってしまう。
 過去のこと、仕事のこと、人生のこと、恋愛のこと――。
 ベランダの縁に残った燃えかすをちらりと見た。今まさに風が小さく吹いて、それを空へと散らしていく。
 ここでどれだけ苦しんでいても、誰も気付かない。
 この狭い夜空の下で更にちっぽけな存在に、誰が気付こうか?
 自分の存在なんて、苦しみなんて、本当の空に比べてみれば、一体どれだけ小さなものだろう。
 理解っている。理解っているけれど。
「さよなら」と呟いて、少し、泣いた。
 三日月はそんな自分を、優しく長く照らしていた。


『三日月』

1/9/2026, 10:28:35 AM