誰か……誰か、助けてほしい。
いや、マジで。
昔治療した歯の奥の方が膿んで、痛みと共に顔が腫れ上がりました。まるでこぶとり爺さん。
若干熱もあるし、しんどい。それなのに仕事はある。
治療してもらってるけど、まだ痛いしブサイクだし、最悪。
助けてー!
この痛みと腫れをどうにかしてくれー!
『誰か』
足音が遠くから響いてくる。
――ついてきている?
こちらが足を止めると、向こうの足音もぴたりと止む。
怖くなって全速力で逃げる。
息を切らして走る。
しかし、一向に果てが見えない。一本道の通路がずっと続いている。
いつの間にこんなところに迷い込んだのだろう?
足音が少しずつ近付いてくる。もう逃げられる気がしない。
意を決して、後ろを振り返った。
視界の奥の方で、同様に後ろを振り返る自分の姿が見えた。
『遠い足音』
昔、秋の精を見たことがある。
その子が秋の精だという確信があるわけではない。しかし、そうとしか思えなかった。
その姿を見たのは一瞬だったが、こちらの視線に気付くと、すぐに姿を消してしまった。そして、冬が訪れた。
その残像が忘れられなくて、ただひたすらに再び秋が訪れるのを待っていた。
ようやく、空気全体が色づき始めたように涼しくなり、待ち望んだ秋の気配が濃くなってきた。
もしかしたら、また会えるんじゃないかと、以前出会った場所へと赴いた。
そこで姿を探してみたが、見つからなかった。
それはそうか。警戒されているのかもしれない。
残念な気持ちになって、空を見上げる。
すると、視線の先から、一枚の葉がひらひらと舞い降りてきた。
それを手にする。見事に赤く染まった紅葉の葉だった。
まるでそれが君からの贈り物のようで、ポケットに大事に仕舞った。
『秋の訪れ』
俺達は魔王を倒して世界を救った。いわゆる勇者のパーティーだった。
旅の目的は果たされた。
だから、本来ならそこで俺達の旅は終わるはずだった。
でも、おまえがずっと旅を続けたいって叫んでいたから、きっと、みんなも心では同じように思っていたから。一緒に旅を続けることにしたんだ。
魔王の意志を継ぐ者が現れた。
俺達は当てのない旅を終え、再び魔王を倒す為の旅を始めた。
すぐこの旅も終わるだろう。そう信じていた。俺達なら――。
今まで誰も失わずにやってこられた。だから慢心していた。こんな生死を懸けた戦いに身を投じているのに。
――おまえを失うなんて思ってもみなかったんだ。
きっと何も変わらずに明日を迎えると、旅を終えると信じて疑わなかった。
初めて気付いた。絶対なんて存在しない。そこに変わらず永遠に在り続けるなんてことはない。どんなに願っても、叶わないことだってあるんだ。
ずっと一緒にいたかった。ずっと一緒にいられると思っていた。変わらずに。
俺達は魔王を倒して世界を救った。大切なものと引き換えに。
一人欠けたパーティーで、変わらずに当てのない旅を続ける。――いや、また再びおまえに出会えるんじゃないかって、そんな無謀なことを願いながら。
旅先で、ある噂を聞いた。
その噂を辿って、そして――。
その先で、再び巡り会えたんだ。まるで奇跡のように。
でも、おまえは全ての記憶を失っていた。
それでも構わない。その笑顔を見られただけでも。
もう一度、ここから始めよう。
俺達はまた旅を続ける。
おまえがずっと旅を続けたいって叫んでいた。あの時抱いた俺達の気持ちは、今も変わらないから。
そしてきっと、おまえも一緒にいたいと思ってくれて、だから今ここにいるんだろう。
旅は続く。いつまでも、どこまでも。
『旅は続く』
君がいなくなった世界は、色を失って、全てがモノクロに見える。
あれだけ鮮やかだった世界が、一瞬で消え去った。
どれだけ叫んで渇望しても、もう二度と手が届かない。
どうかまた、モノクロの世界に色を足して。
君がいないと、もうどうしようもないんだ。
『モノクロ』