「お前は追放だ」
朝、目覚めると、勇者がいる隣の部屋に突然呼び出され、そんなことを言われた。一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
今まで一緒にパーティーを組んでいた。しかし、追放――つまり、もう仲間ではない。俺は用済みだということだ。
「なんで! 俺だって役に立っていただろう!?」
「自分の胸に聞いてみろ。お前とはもうここまでだ」
勇者や仲間達は、俺を尻目に部屋を出ていってしまった。
なぜだ。なぜ。
俺はそんなに無力だったか?
たしかに、俺は攻撃でも回復でもなく、補助をするだけの人間だった。
それでも、パーティーにはそういった人間も必要だろう?
必要なアイテムを揃えたり、ダンジョンをマッピングしたり、モンスターの弱点を調べたり。それだって立派な役目だろう。
仲間達にはそれが伝わっていなかったのだろうか。
俺はがっくりと項垂れた。
「ようやく追放か。決断まで長かったな」
仲間の戦士が言う。
「仕事をミスするのはまだ許せたけどねー……いや、全然許しちゃ駄目なんだけど」
武闘家も頷きながらそんなことを言う。
「俺の決断が遅かったばかりにみんなには世話をかけた。すまない」
頭を下げると、仲間達が優しく肩を叩いてきた。
「勇者は悪くないわ! あいつが悪いんだから」
「そうです。謝らないでください」
魔法使いや僧侶も俺を慰めてくれる。しかし、それが余計に情けなくなる。
正直、あいつの仕事に対する態度は良くなかった。パーティーのお金をちょろまかし、自分の為だけに必要のないアイテムをたくさん購入していたこともあった。マッピングは間違えるし、弱点の属性をまるっきり間違えることもあった。それによってピンチに陥ったことも。
それでも、それはまだかわいい方だった。
困っている依頼人への大きな態度や、大金をふっかけたりするのは許容できなかった。
特に、依頼人への暴言は酷かった。
「あんたのお子さん、かわいそうにね。でも、自業自得じゃないですか? 弱いくせに、モンスターが出るようなところに一人で行くなんて」
一瞬耳を疑った。傷付いている人に、追い打ちをかけるようなことを言うなんて。
「まぁ俺達なら大丈夫です。倒せます。でも、俺達はその敵討ちの為に、そんな危ない場所に行くんです。これだけじゃ足りないんじゃないですか?」
その場で殴って追放してやろうかと思った。
それでも、パーティーの中にはこいつを必要としている人間もいるのかもしれない。
だから、その日の夜、宿でみんなで話し合って決めた。追放することを。
「少しでも技術も、人間性も、成長してくれればと、長い目で見てきたが――甘かったようだ。俺もまだまだだ。成長できるように頑張るから、これからも、俺を助けてくれるか?」
仲間達は顔を見合わせると、力強く頷いてくれた。
『仲間になれなくて』
雨とは程遠い、青く澄んだ快晴の空を見上げる。
最近は、全く雨が降らない。
暑さは増し、農作物にも影響が出ている。異常気象だ。
ただ、そんな現状は関係なく、僕は雨が降ってほしかった。
雨じゃないと、君に会えないから。
久しぶりの雨が降った。朝から泣き出す空とは対照に、僕の心はいつかの青空のように澄んでいた。
傘を差し、外に飛び出る。
人気のない公園でしばらく待っていると、君が現れた。
「ひ、久しぶり」
少し緊張しながら君に話し掛けた。
君はにこりと微笑んでくれた。
君と出会ったのはもう数年も前。
雨に降られた僕は傘を持っていなくて、公園の東屋に逃げ込んだ。
雨が止むのを待っていると君が現れた。すーっと、まるで幽霊のように。
君は振り返り、僕の姿を視界に捉えると、驚いたような表情をした後、渋い顔をした。
「……君は?」
「…………雨女……」
雨女? 出掛ける先で雨が降りやすい女の人のこと?
「……妖怪だよ」君は続けて言う。「雨を降らせる妖怪、雨女」
「妖怪? こんなかわいいのに?」
思わず声に出ていた。
だって、かわいかった。そこら辺の人よりずっと。僕の中の妖怪のイメージが化物だったから、余計にそう思った。
雨女と名乗った君は、顔を真っ赤にした。
つられて、僕も顔を赤くする。
「……こっち来て、話さない?」
僕らはお互いに自己紹介をして、それからいろんな話をした。
君は雨の日に現れる。晴れの日もいるけど、はっきりとした姿を現せられるのは、雨の日だということだった。
雨を呼ぶ妖怪だけど、最近は力が弱まり、上手く雨を呼べないと言っていた。
姿を消している時はどうしているのかとか、逆に僕は普段こんなことをしているよとか、そんな話もした。
いつの間にか雨は上がり、君の姿がまた薄れていく。
「ねぇ! また雨の日に、ここに来るから……また会おう!」
半透明になった君は頷いた。
それから雨の日は君と会うようになった。
どうしても外せない用事以外は、君との勝手な約束を優先した。
最近は雨が降らず、なかなか会えなかった。ようやく会えた。
「もうすぐ会えなくなると思う」
君から予想外の言葉が飛び出た。心臓が早鐘を打つ。
「……な、なんで? 僕のこと嫌いになった?」
思わず尋ねてしまう。これで、本当にそうだとしたら、立ち直れないだろうに。……いや、その時は、僕の嫌な部分を聞いて、ちゃんと直そう。
しかし、違った。
「もう力がないの」君が言った。「雨が呼べない。地球が言うことを聞かない。私の力は消えかけている。もう、姿を現すこともできない」
はっとして君をよく見ると、体がうっすら透けていた。嘘だ。信じたくない。
君は僕を見て、再び笑った。
「ありがとう。一緒の日々は、すごく楽しかった」
「……僕だって……」
声を絞り出す。僕の目からも雨が降る。
「笑ってよ。笑顔が好きなんだ」
君だって泣いているくせに、そんなことを言う。
でも、君がそう言うなら。
僕は笑った。君も笑った。
相も変わらず、雨がなかなか降らない。あれから余計に降らなくなったようにも感じる。
それでも、雨の日はそこへ行く。いや、雨の日じゃなくても、そこへ行く。
姿は見えないけれど、きっとそこにいると信じて、僕は君に話し掛ける。
「ねぇ、今日も話そう」
『雨と君』
誰もいない教室は、いつもの騒がしさとは程遠く、寂しさを覚える。
みんなの声も今はなく、ただまた誰かがやって来るのを待っているよう。
誰もいなくなってしまった。この教室からは。
――どうして、誰もいないんだろう。
みんなの声を期待していた。でも、もうそこには存在しなかった。
そして、気付いたんだ。
――あ、今日日曜だって。
日曜です。お休みです。だからみんないない。そりゃそうだ。
休日出勤の先生に見つかり、「どうした?」と訊かれた。
恥ずかしさの余り、「静かな教室を見てみたかったんです」とかわけのわからない返答をした。
『誰もいない教室』
「進め!」
「止まれ!」
俺の指示に従って、みんなが歩き出し、また、止まっている。
「助かったよ」
言われ慣れていないお礼の言葉に、少し戸惑う。
それでも感謝されるのは、嬉しい。みんなの役に立っているんだと実感できる。
俺は異世界転生してきた歩行者用の信号機だ。
ハンドル操作を誤ったトラックにぶつかられ、気付けばこの世界へとやって来ていた。
異世界転生してきたものへのチート能力として、みんなを信号の指示に従わせる絶対的な力と、歩行機能を手に入れた。それと喋れるようにもなっていた(いろんな知識自体は人間達の会話から得た)。
歩行機能というのが、この体に人間の足が生えたものなので、最初は魔物だと思われ、人間に襲い掛かられた。まぁ仕方ないと思う。そもそもこの中世感のある世界では、信号機だって見たことないだろうし。
それでも何とか助けてもらい、気付けばこの国の騎士団で指揮官になっていた。
俺の能力で敵の歩みを止め、こちらの隊を進軍させる。一方的なもので、怖くもある。
だが、異形の姿をした俺に、仲間というものができた。優しくしてくれた。この温かさが、どれだけ血腥い戦場に駆り出されたとしても、この騎士団に入れて本当に良かったと思わせてしまうのだ。
あっという間に時は流れ、戦で様々な功績を残した俺は、国を指揮する立場になっていた。要するに、大臣だ。
まさかこんなことになるなんて思いも寄らなかった。
みんなと姿形は違う。けれど、信号に生まれて良かったと、心からそう思う。
『信号』
「行くな」
「一緒にいよう」
「できれば、ずっと二人で過ごさないか」
願いは声にならず、辺りに溶ける。
君は優しいから。
伝えれば、きっと困ってしまうだろうから。
だから、その言葉はぐっと飲み込む。
「またな」
いつも最後にその言葉だけを伝える。
せめて、また会えるようにと。
『言い出せなかった「」』