川柳えむ

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「進め!」
「止まれ!」

 俺の指示に従って、みんなが歩き出し、また、止まっている。

「助かったよ」

 言われ慣れていないお礼の言葉に、少し戸惑う。
 それでも感謝されるのは、嬉しい。みんなの役に立っているんだと実感できる。

 俺は異世界転生してきた歩行者用の信号機だ。
 ハンドル操作を誤ったトラックにぶつかられ、気付けばこの世界へとやって来ていた。
 異世界転生してきたものへのチート能力として、みんなを信号の指示に従わせる絶対的な力と、歩行機能を手に入れた。それと喋れるようにもなっていた(いろんな知識自体は人間達の会話から得た)。
 歩行機能というのが、この体に人間の足が生えたものなので、最初は魔物だと思われ、人間に襲い掛かられた。まぁ仕方ないと思う。そもそもこの中世感のある世界では、信号機だって見たことないだろうし。
 それでも何とか助けてもらい、気付けばこの国の騎士団で指揮官になっていた。
 俺の能力で敵の歩みを止め、こちらの隊を進軍させる。一方的なもので、怖くもある。
 だが、異形の姿をした俺に、仲間というものができた。優しくしてくれた。この温かさが、どれだけ血腥い戦場に駆り出されたとしても、この騎士団に入れて本当に良かったと思わせてしまうのだ。

 あっという間に時は流れ、戦で様々な功績を残した俺は、国を指揮する立場になっていた。要するに、大臣だ。
 まさかこんなことになるなんて思いも寄らなかった。
 みんなと姿形は違う。けれど、信号に生まれて良かったと、心からそう思う。


『信号』

9/5/2025, 10:55:55 PM