それは自業自得でもあったが、一人の女が望まぬ妊娠をした。
お約束のようなもので、相手の男は逃げ出した。
「わかっていたけどね」と、独りきりの部屋で呟く。
でもちょっとは期待していたよ、ちょっとは。
手に入るわけもないものを、その手でしっかり触れられるのではないかと。
そもそも良くないことに、それは不倫だった。
秘密の恋愛だと、背徳的だと、一人浮かれていた。
わかっていた。愛と現実を伝えて、祈るような瞳で覗いてみたところで、相手の瞳にはただ困惑の色だけが浮かんでいた。
そして、その翌日から、男とは連絡が取れなくなった。まぁ、当たり前か。
「どうしたものかしら」と、紫煙を吐き出した。
この部屋の中のように、世界は靄がかかって薄暗く狭いものだ。
「どうにもならないよね」自虐的に嘲笑う。
「いっそ世界が終わればいいのに」望んだってどうしようもないことを幾度となく願った。
それでも、世界は廻って、時間は進んで、毎日が繰り返されていく。上手く眠れず、薬だけ増え続ける女など、無視するかのように。
後悔と憎しみと諦めと、様々な感情を抱えたまま。まるで、そこに一人だけ取り残されたように。彼女だけが、深い深い暗闇の中を、出口もわからず彷徨い続けていた。
出口がわからないのならば、いっそどこかの方向に突っ走っていくしかないだろう。
さて、どれを選べば、あの男を苦しめられるだろうか。
深い愛情は反転し、さらに深い憎しみへと変わってしまった。手に持つは復讐と名付けられたナイフ。
今から、貴方を探して逢いに逝くから。待っていてね。
――翌日。
男女四人が亡くなったとニュースで報道された。
死亡の原因は、事故でもなんでもなく殺人で、四人のうちの一人が犯人ということだった。
でも、実際に亡くなったのは五人だし、そのもう一人は、犯人ではないとされているうちの一人が殺したようなものだけれど。いや、そもそも亡くなった全員、そいつに殺されたと言ってもいいくらい。
私だって被害者で、貴方だって加害者でしょう。
何を言っても変わらないし、もう誰にも聞こえないから、どうでもいいけれど。
ようやく女は出口に辿り着き、深い眠りにつくことができた。
『secret love』
何も思い浮かばないから、その辺にあった、適当に手に取った本を開き、ページをめくる。
思わず読み耽る。
…………。
あ、また書かずに違うことやってしまった!
一旦本を閉じ、また別の本を手に取る。
そうしてまた違う方へ意識が行く。
だめだー。参考にするどころか邪魔になってる! 自分で考えないとだめだ!
本を閉じて、書く為、スマホに向かう。
でもやっぱり思い浮かばないので、スマホの中にある電子書籍のページをめくる。めくるというか、スライドする。
うーん。やっぱり紙の方が好きだな。質感というか、触り心地というか。
そんなことを考えつつ、気付けば物語に夢中になり、ページをめくり続け……読み終わり、本――電子書籍のアプリを閉じる。
って、だめだだめだ! 今度こそ、ページをめくるのはもうやめよう。
――そう言って、学習もせず、また繰り返しやってしまうのだ。
『ページをめくる』
「そろそろ秋の出番じゃない?」
秋の部署の一人が、夏の部署の一人に尋ねた。
その様子を、春や冬――各部署のメンバーも見ている。
しかし、夏は首を横に振る。
「いい加減にしろよ。人間達も困ってるだろうが」
「最近四季がちゃんと機能してないって、人間も神様も怒ってるわ。まずいんじゃない?」
冬が夏に詰め寄る。春も心配そうにしている。
それでも夏は首を縦には振らない。
「だが、まだ、忘れ物があるのだ」
夏が言う。
「忘れ物?」
「そうだ」
「じゃあさっさとその忘れ物を取りに行くぞ。どこにあるんだ?」
夏の後をついていく。気が付けば海へとやって来ていた。
「しっかり水着着てるんじゃねーよ!」
夏は準備万端で、浮き輪まで持っていた。
「でも、もう海水浴はできないんじゃないかな? クラゲもいっぱい浮かんでるし」
「そんな……」
ガックリと膝をつく。
「つーか、忘れ物探しに来たんだろ!」
冬のツッコミ(言葉)に、すっと立ち上がる。
「では、バーベキューだ! バーベキューをやるぞ!」
「は?」
気付けば、夏の部署の他のメンバーも揃っていて、みんなでバーベキューの準備をし始めた。台やコンロが広げられ、その上で野菜が切られ、肉が焼かれていく。
「美味いな!」
「うん。おいしー」
「じゃなくて、どういうことだ、これは! 忘れ物はどうなったんだ!?」
「スイカもあるぞ。スイカ割りをしよう」
「話を聞けー!」
夜になれば花火を始め、また翌日には山へ行き、キャンプをしたり、昆虫採集(一部夏の虫ではなかったが)をしたり、流しそうめんをやったり……そんな風に、何日も何日もかけて夏を遊び尽くした。
冬も最初こそツッコんでいたものの、途中からは諦めていた。
「夏を満喫したなぁ!」
肌が黒くなった夏が、満足そうに言う。
「…………それで、忘れ物はどうなったんだ?」
「あぁ。もちろん、回収したさ」
「え、いつの間に!?」
「忘れ物は何だったの?」
「それは――」一拍置いて、夏は言った。「――みんなとの夏の思い出だ……」
「夏……」
薄々気付いていた冬を除いて、みんな感動したような面持ちで夏を見る。
「最初から夏の期間にやれ!」
「すまん。来年は気を付ける」
(とか言って、来年も忘れてそうなんだよなぁ……)
ともあれ、夏の忘れ物を回収し、ようやく長い夏が終わったのだった……。
『夏の忘れ物を探しに』
夏休み最終日。
僕は机の前に座って頭を抱えている。
昨日もつい遊びに行ってしまった。でもこれは不可抗力だ。だってイベントがあったんだ。イベントの日付はずらせない。だから仕方のないことだ。
本当は今日もイベントがあるのに、それを断念してここにいるだけでも褒めてほしい。
でも、わかっているんだ。
この一ヶ月以上あった夏休み。遊び呆けて、今この有様。最終日だというのに、夏休みの宿題が終わっていない惨状。
あーやだやだ。あと一日……いや一週間、一ヶ月! 夏休み続かないかなぁ。ね、夏休み、延長しませんか?
あー夏休み終わりませんように終わりませんように終わりませんように終わりませんように。
神様願いを叶えてください!
『8月31日、午後5時』
オフィスに入ると、そこには、ファンから届いた花束やプレゼントがずらりと並んでいた。
主役の二人は、嬉しそうに笑って、それを眺めた。
『お誕生日おめでとうございます』
花束にメッセージカードが添えられている。
誕生日の二人に向けられたお祝いの言葉。
「これ見て。俺宛てのやつ。『いつも癒されてます』って書いてある」
「こっちは『いつも笑わせてもらってます』だって。役割分担完璧じゃん」
そう言うと、片割れが小さく笑った。
似ているようで違う。違うようで似ている。
それが、彼らという双子。双子で人気タレントの彼らは、まるで明るく輝く二つの星だ。そう。あのカストルとポルックスのように。
「二人でここまで来たんだねぇ」
「二人だから来れたんだよ」
「知ってる」
もちろん上手くいかなかったこともあった。
でも、片割れがいつも一番の味方でいてくれた。
間違いなく、二人だからここまで来られたんだと、お互いに思っていた。
顔を見合わせて笑う。
「ねぇ。動画撮ろうよ。お礼も兼ねてさ!」
「お礼なら仕方ない」
二人なら最強だと自負している彼らは、カメラを回して最高の笑顔を作る。二つの星は更に輝く。
その様子をカメラ越しにスタッフがそっと見守る。
そして、その映像がまた動画投稿サイトに上がり、たくさんの人が二人を温かく見守り続ける。
『ふたり』