川柳えむ

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 それは自業自得でもあったが、一人の女が望まぬ妊娠をした。
 お約束のようなもので、相手の男は逃げ出した。

「わかっていたけどね」と、独りきりの部屋で呟く。
 でもちょっとは期待していたよ、ちょっとは。
 手に入るわけもないものを、その手でしっかり触れられるのではないかと。

 そもそも良くないことに、それは不倫だった。
 秘密の恋愛だと、背徳的だと、一人浮かれていた。
 わかっていた。愛と現実を伝えて、祈るような瞳で覗いてみたところで、相手の瞳にはただ困惑の色だけが浮かんでいた。

 そして、その翌日から、男とは連絡が取れなくなった。まぁ、当たり前か。

「どうしたものかしら」と、紫煙を吐き出した。
 この部屋の中のように、世界は靄がかかって薄暗く狭いものだ。
「どうにもならないよね」自虐的に嘲笑う。

「いっそ世界が終わればいいのに」望んだってどうしようもないことを幾度となく願った。
 それでも、世界は廻って、時間は進んで、毎日が繰り返されていく。上手く眠れず、薬だけ増え続ける女など、無視するかのように。
 後悔と憎しみと諦めと、様々な感情を抱えたまま。まるで、そこに一人だけ取り残されたように。彼女だけが、深い深い暗闇の中を、出口もわからず彷徨い続けていた。

 出口がわからないのならば、いっそどこかの方向に突っ走っていくしかないだろう。
 さて、どれを選べば、あの男を苦しめられるだろうか。

 深い愛情は反転し、さらに深い憎しみへと変わってしまった。手に持つは復讐と名付けられたナイフ。

 今から、貴方を探して逢いに逝くから。待っていてね。


 ――翌日。
 男女四人が亡くなったとニュースで報道された。
 死亡の原因は、事故でもなんでもなく殺人で、四人のうちの一人が犯人ということだった。

 でも、実際に亡くなったのは五人だし、そのもう一人は、犯人ではないとされているうちの一人が殺したようなものだけれど。いや、そもそも亡くなった全員、そいつに殺されたと言ってもいいくらい。
 私だって被害者で、貴方だって加害者でしょう。
 何を言っても変わらないし、もう誰にも聞こえないから、どうでもいいけれど。

 ようやく女は出口に辿り着き、深い眠りにつくことができた。


『secret love』

9/3/2025, 10:44:17 PM