「進め!」
「止まれ!」
俺の指示に従って、みんなが歩き出し、また、止まっている。
「助かったよ」
言われ慣れていないお礼の言葉に、少し戸惑う。
それでも感謝されるのは、嬉しい。みんなの役に立っているんだと実感できる。
俺は異世界転生してきた歩行者用の信号機だ。
ハンドル操作を誤ったトラックにぶつかられ、気付けばこの世界へとやって来ていた。
異世界転生してきたものへのチート能力として、みんなを信号の指示に従わせる絶対的な力と、歩行機能を手に入れた。それと喋れるようにもなっていた(いろんな知識自体は人間達の会話から得た)。
歩行機能というのが、この体に人間の足が生えたものなので、最初は魔物だと思われ、人間に襲い掛かられた。まぁ仕方ないと思う。そもそもこの中世感のある世界では、信号機だって見たことないだろうし。
それでも何とか助けてもらい、気付けばこの国の騎士団で指揮官になっていた。
俺の能力で敵の歩みを止め、こちらの隊を進軍させる。一方的なもので、怖くもある。
だが、異形の姿をした俺に、仲間というものができた。優しくしてくれた。この温かさが、どれだけ血腥い戦場に駆り出されたとしても、この騎士団に入れて本当に良かったと思わせてしまうのだ。
あっという間に時は流れ、戦で様々な功績を残した俺は、国を指揮する立場になっていた。要するに、大臣だ。
まさかこんなことになるなんて思いも寄らなかった。
みんなと姿形は違う。けれど、信号に生まれて良かったと、心からそう思う。
『信号』
「行くな」
「一緒にいよう」
「できれば、ずっと二人で過ごさないか」
願いは声にならず、辺りに溶ける。
君は優しいから。
伝えれば、きっと困ってしまうだろうから。
だから、その言葉はぐっと飲み込む。
「またな」
いつも最後にその言葉だけを伝える。
せめて、また会えるようにと。
『言い出せなかった「」』
それは自業自得でもあったが、一人の女が望まぬ妊娠をした。
お約束のようなもので、相手の男は逃げ出した。
「わかっていたけどね」と、独りきりの部屋で呟く。
でもちょっとは期待していたよ、ちょっとは。
手に入るわけもないものを、その手でしっかり触れられるのではないかと。
そもそも良くないことに、それは不倫だった。
秘密の恋愛だと、背徳的だと、一人浮かれていた。
わかっていた。愛と現実を伝えて、祈るような瞳で覗いてみたところで、相手の瞳にはただ困惑の色だけが浮かんでいた。
そして、その翌日から、男とは連絡が取れなくなった。まぁ、当たり前か。
「どうしたものかしら」と、紫煙を吐き出した。
この部屋の中のように、世界は靄がかかって薄暗く狭いものだ。
「どうにもならないよね」自虐的に嘲笑う。
「いっそ世界が終わればいいのに」望んだってどうしようもないことを幾度となく願った。
それでも、世界は廻って、時間は進んで、毎日が繰り返されていく。上手く眠れず、薬だけ増え続ける女など、無視するかのように。
後悔と憎しみと諦めと、様々な感情を抱えたまま。まるで、そこに一人だけ取り残されたように。彼女だけが、深い深い暗闇の中を、出口もわからず彷徨い続けていた。
出口がわからないのならば、いっそどこかの方向に突っ走っていくしかないだろう。
さて、どれを選べば、あの男を苦しめられるだろうか。
深い愛情は反転し、さらに深い憎しみへと変わってしまった。手に持つは復讐と名付けられたナイフ。
今から、貴方を探して逢いに逝くから。待っていてね。
――翌日。
男女四人が亡くなったとニュースで報道された。
死亡の原因は、事故でもなんでもなく殺人で、四人のうちの一人が犯人ということだった。
でも、実際に亡くなったのは五人だし、そのもう一人は、犯人ではないとされているうちの一人が殺したようなものだけれど。いや、そもそも亡くなった全員、そいつに殺されたと言ってもいいくらい。
私だって被害者で、貴方だって加害者でしょう。
何を言っても変わらないし、もう誰にも聞こえないから、どうでもいいけれど。
ようやく女は出口に辿り着き、深い眠りにつくことができた。
『secret love』
何も思い浮かばないから、その辺にあった、適当に手に取った本を開き、ページをめくる。
思わず読み耽る。
…………。
あ、また書かずに違うことやってしまった!
一旦本を閉じ、また別の本を手に取る。
そうしてまた違う方へ意識が行く。
だめだー。参考にするどころか邪魔になってる! 自分で考えないとだめだ!
本を閉じて、書く為、スマホに向かう。
でもやっぱり思い浮かばないので、スマホの中にある電子書籍のページをめくる。めくるというか、スライドする。
うーん。やっぱり紙の方が好きだな。質感というか、触り心地というか。
そんなことを考えつつ、気付けば物語に夢中になり、ページをめくり続け……読み終わり、本――電子書籍のアプリを閉じる。
って、だめだだめだ! 今度こそ、ページをめくるのはもうやめよう。
――そう言って、学習もせず、また繰り返しやってしまうのだ。
『ページをめくる』
「そろそろ秋の出番じゃない?」
秋の部署の一人が、夏の部署の一人に尋ねた。
その様子を、春や冬――各部署のメンバーも見ている。
しかし、夏は首を横に振る。
「いい加減にしろよ。人間達も困ってるだろうが」
「最近四季がちゃんと機能してないって、人間も神様も怒ってるわ。まずいんじゃない?」
冬が夏に詰め寄る。春も心配そうにしている。
それでも夏は首を縦には振らない。
「だが、まだ、忘れ物があるのだ」
夏が言う。
「忘れ物?」
「そうだ」
「じゃあさっさとその忘れ物を取りに行くぞ。どこにあるんだ?」
夏の後をついていく。気が付けば海へとやって来ていた。
「しっかり水着着てるんじゃねーよ!」
夏は準備万端で、浮き輪まで持っていた。
「でも、もう海水浴はできないんじゃないかな? クラゲもいっぱい浮かんでるし」
「そんな……」
ガックリと膝をつく。
「つーか、忘れ物探しに来たんだろ!」
冬のツッコミ(言葉)に、すっと立ち上がる。
「では、バーベキューだ! バーベキューをやるぞ!」
「は?」
気付けば、夏の部署の他のメンバーも揃っていて、みんなでバーベキューの準備をし始めた。台やコンロが広げられ、その上で野菜が切られ、肉が焼かれていく。
「美味いな!」
「うん。おいしー」
「じゃなくて、どういうことだ、これは! 忘れ物はどうなったんだ!?」
「スイカもあるぞ。スイカ割りをしよう」
「話を聞けー!」
夜になれば花火を始め、また翌日には山へ行き、キャンプをしたり、昆虫採集(一部夏の虫ではなかったが)をしたり、流しそうめんをやったり……そんな風に、何日も何日もかけて夏を遊び尽くした。
冬も最初こそツッコんでいたものの、途中からは諦めていた。
「夏を満喫したなぁ!」
肌が黒くなった夏が、満足そうに言う。
「…………それで、忘れ物はどうなったんだ?」
「あぁ。もちろん、回収したさ」
「え、いつの間に!?」
「忘れ物は何だったの?」
「それは――」一拍置いて、夏は言った。「――みんなとの夏の思い出だ……」
「夏……」
薄々気付いていた冬を除いて、みんな感動したような面持ちで夏を見る。
「最初から夏の期間にやれ!」
「すまん。来年は気を付ける」
(とか言って、来年も忘れてそうなんだよなぁ……)
ともあれ、夏の忘れ物を回収し、ようやく長い夏が終わったのだった……。
『夏の忘れ物を探しに』