君の声を最後に聞いたのはいつだったか。
君から手紙が届いた。
シンプルな便箋には、シンプルに「さよなら」と一言だけ書かれていた。
連絡を取らなくなって、いつの間にか自然消滅していた。
実際、君の愚痴を聞き続けるのも辛くなっていたし、仕方ないと思う。
それにしても、今になって急にこんな手紙が届いたことが不安になり、君の住んでいたマンションへとやって来た。
部屋はもうもぬけの殻で、どこへ行ってしまったのかもわからなかった。
そこで、もう二度と会えないんだと、悟った。
それならば、もう少し話せば良かった。もう少し君の話に耳を傾けていれば良かった。君の笑う顔が好きだったのに。
その日、夢を見た。
最後に君に会った日の夢だった。
君の話にも疲れて、「帰る」と言って立ち上がった。
そんな僕を掴んできた君の手を振り払った。
君は悲しそうに笑った。
「 」
あの時、何を言っていたっけ?
朝の光で目を覚ます。
それが煩わしくて、カーテンを隙間なく閉め直した。
もう一度眠れば、また君に会えるだろうか。
でも、さっきの夢の、思い出せない言葉のように。きっとこうして君のことを忘れていくのだろう。
『最後の声』
自分が産まれたのは、自分達の繁栄の為。
繁殖の為に、決められた相手と子を作る。それだけの為の命。
愛なんて、知らなかった。聞いたこともなかった。
でも、見つけてしまったんだ。
みんなの為に働く君の姿を。美しい君を。
決して交わることのない想いだ。それでも、ここに確かにある。
小さな小さな体に生まれた愛だけど、この世界できっと一番大きな愛だ。
『小さな愛』
『空はこんなにも』かぁ……。
うーん……? 思い浮かばないなぁ……。
でも書くだけ書いてみよう。
えー……。
空はこんなにも青いのに――
……今日めっちゃ天気荒れてるんだよなぁ。
気持ちが乗らない。
純粋に頭にも浮かんでこない。
この間もこんな感じのことを書いたなぁ。あの時は、実はもう一つちゃんとした物語もできていたんだけどね。
全く青くない空を、窓から見上げる。
それでも。こんな日も、たまにはいいかなぁ? たまには、ね。
『空はこんなにも』
「子供の頃の夢……っすか?」
話の流れで、突然そんなことを訊かれ、戸惑いながらも答えた。
「そうっすね……俺、こう見えて、小さい頃は太ってて。甘いものが好きで、めちゃめちゃ食べてたんすよ。それで、ケーキ屋になればもっとたくさん甘いものが食えるって思って」
「それで、ケーキ屋さんとか? 単純だな」
「ハイ。いやぁ、単純っすよね」
はにかむように笑った。
「おい、着いたぞ」
車が到着する。
素早く降りて、トランクを開ける。
そこには、人一人分ある大きな荷物。
「行くぞ」
荷物を抱えて歩き出す。
その時、荷物が動いたような気がしたが、気付かないふりをした。
子供の頃の夢なんて、今はもう遠く。
二度と叶うことはないだろうと、今ある現実を奥歯で噛み締めた。
『子供の頃の夢』
言えなかった。それが負担になるとわかっていたから。
笑っていてほしかったし、笑っていたかった。
いつかこんな日が来るってこと、本当は気付いていた。でも、見ないふりをしていた。
「お別れだ」と君は言った。
「また会えるよね?」と僕が言うと、君は頷いた。
言いたかった。「行かないで」と。
――どこにも行かないで。ここにいて。
でも、それがダメだと言うなら、
「じゃあ、今度は僕が迎えに行くから」
君は笑って頷いた。
そうして、遠ざかる君の姿に「待っててね」と力いっぱい手を振った。
『どこにも行かないで』