川柳えむ

Open App
6/22/2025, 5:59:04 AM

 君の背中を追って、走り続ける。
 一生懸命に。置いていかれないように。

「ねぇ、一緒に行こうって」

 しかし、徐々に距離は空いていく。
 君は後ろを振り返らず、どんどん先へ行ってしまう。

「ねぇ、置いていかないで」

 わかっていた。君は先に行ってしまうって。
 それでも、少し期待していた。私の隣にいてくれるんじゃないかって。

「ねぇ、一緒にマラソンゴールしようって言ったじゃーん!」

 去年もそう言って置いていかれたからわかっていたけど!
 勝手に一人で先に行くなー! 嘘つきー!


『君の背中を追って』

6/20/2025, 10:29:17 PM

 花が咲き乱れる野原を見つけた。
 子供の頃を思い出し、友達と二人で座り込んだ。そこから花を一輪摘む。

「昔、花占いってやったよね」
「やったやった。好き、嫌い……ってね。奇数の花びらを持つ花でやれば好き確実なのにね」

 あの頃の思い出話に花を咲かせる。

「久しぶりにやってみようかな」
「え〜?」

「好き、嫌い、天国、地獄、大地獄、アイ、ラブ、ジェー、ケー、ど、れ、に、し、よ、う、か、な……」

「待って待って。いろいろ混ざってる。あと花びら多いな!」


『好き、嫌い、』

6/19/2025, 10:58:20 PM

 濡れたアスファルトから立ち上る湿気の混じった雨上がりの匂い。
 濃い灰色の、重い雲の隙間から降りる天使の梯子。
 雨宿りに一人入った四阿からそっと辺りの様子を窺う。
 雨は止んだ。人通りは少ない。
 もう帰れる。でも、まだ帰りたくないな。
 せめてもう少し、涙の跡が渇くまで。


『雨の香り、涙の跡』

6/18/2025, 10:41:40 PM

 疲れた。
 理不尽に耐えて耐えて耐えて。
 ようやくそれが終わったかと思えば、また次の理不尽。
 私の糸は常に張り詰めている。
 たくさんの理不尽が重なって、その糸を引っ張って。
 もう限界だって。
 糸がプツンと切れた。


『糸』

6/18/2025, 5:05:31 AM

 婚約の話がとうとうやって来た。
 伯爵家のお嬢様である私は、上級貴族との繋がりの為に、侯爵家の知りもしない息子と結婚する。
 好きな人はいる。
 でも、その相手と一緒になることは許されない。なぜなら、その相手は従者だから。身分が違い過ぎる。
 しかも、ただの片想い。
 どうしようもないことだとはわかっている。それでも、手を伸ばしたい。届かないって、わかってるのに。

「今日は婚約者との顔合わせです」

 従者がいつものトーンでスケジュールを伝えてくる。

 ねぇ。あなたは、なんとも思ってないの?
 私が飛んでいってしまってもいいの?

 悲しくなって下を向いた。
 涙が零れそうなのを、必死に隠す。

「お嬢様?」

 そんな私に向かって、不思議そうに声を掛けてきた。そして、こちらを覗き込もうとする。

 嫌だ。見られたくない。こんな情けない顔。

 彼が伸ばしてきたその腕を掴む。

「届かないのに」
「お嬢様?」
「あなたの心には、届かないって、わかっているのに。それでも……」
「お嬢様」

 止められたって、止まらない。
 だって、簡単に諦めたくない。何があっても諦めない。今までだってそうやって生きてきた。だから――。

「私は、あなたと」
「待ってください」

 顔を上げると、真っ赤になった彼の顔がそこにあった。恥ずかしいのか、目を逸らしている。
 そんな表情、今まで見たことがない。驚いて、私は動けなくなってしまった。

「……待ってください。そんなの、私の台詞ですよ……。あなたと私は身分が違い過ぎる。本当は、こんな気持ちを抱くことさえ許されない。届かない相手」

 いつもは割と、従者だってことを忘れてるんじゃないかってくらい、遠慮なくいろんなことを言ってくるくせに。なんなら、従者らしくない行動だってあったこともあるのに。
 でもやっぱり、ちゃんとその自覚はあったらしい。

「……いいんですか? 本当に」
「……いいの。本当に。あなたが、いいの」

 彼がゆっくりと、しかし、力強く抱き締めてきた。

「こうなったら、もう、離しませんからね」
「絶対に離さないでよ」

 喜びの涙が零れる。
 届かないと思っていた想いが、ようやく、届いた。


『届かないのに』

Next