「それでは20歳になったらみんなでこのタイムカプセルを開けましょう」
小学生の頃、学校でそんなイベントがあった。
当時、一番仲良かった友達と、「じゃあ開ける日は一緒に来ようね」「約束だよ」。そんなやり取りをしたなぁと、思い返していた。
20歳、約束の日。
きっとみんな忘れているだろうな。そう思いながらも小学校へ向かった。
当時約束した友達は、あの後引っ越してしまって、連絡先がわからない。約束を果たすことはできなかった。
でも、もしかしたら来てくれるんじゃないかって、淡い期待を胸に抱いていた。
わくわくしながら向かったけど、誰一人そこにはいなかった。なんて、よくある話だ。
「……やっぱり、誰も来ないか」
約束の時間になっても、そこには自分しかいなかった。
みんな、今を生きているんだろう。あの頃のことなんて、忘れて。
「……もしかして、……ちゃん?」
突然名前を呼ばれて、振り返る。
そこには、あの頃の面影を持った、ずっと会いたかった友達の姿があった。
「みんな来なかったな~」
友達と二人、居酒屋からの帰り道。
少し愚痴を混ぜながら、でも、なんだか清々しい気持ちで歩いていく。
「でも、君に久しぶりに会えたから、僕はそれだけで嬉しいよ」
「そんなの、俺だって!」
他には誰も来なかった。だから、何を書いたかも覚えていない、あの頃埋めたタイムカプセルは、今も地面の下にある。
そのまま忘れ去られても構わない。
今まで会えなかった時間なんて、もうどうでもよかった。
俺達は今を生きている。
『約束だよ』
「何怒ってるんだよ」
雨の中、少し前を早足で歩く君の後ろ姿を追っている。
声をかけても君は振り返らない。
「なぁ! 待ってってば」
駆け足で君の横に並び、傘を持つ手を掴む。
それでようやくこちらを向いた。
その顔は、涙に濡れていた。
驚いて思わず手を離す。
君はまた向こうを向いてしまった。
「……だって、あの子の方がいいんでしょ……?」
肩を震わせながらそんなことを言い出した。
「なんでそうなる?」
隣の席の女子が教科書を忘れた。だから一緒に見ていた。それだけだ。
そりゃ少し話したし、ちょっと話があったから笑ったりもしたけど、それだからといってあの子がいいってことにはならない。
「私が恥ずかしがって、付き合うこと秘密にしてとか言ったのに……。だから、他に君のこと好きになっちゃう人がいたって、とられちゃったって、おかしくないもん……」
「そんなんじゃないって。大体、好きになってくれる子なんて、君以外いないよ」
「それにあの子の方がかわいいし……。こんなことで怒る私なんか、かわいくないもん……」
何を言っているのか。
持っていた傘を投げ捨て、君の前に回り込んだ。
そのまま両手で思い切り抱き締める。
「……あのなー、俺にとっては、君だけがかわいいの! かわいくないなんて有り得ない。一番かわいい!」
雨はいよいよ激しさを増し、君の持つ傘の向こうは水しぶきで白く濁っている。この傘の下は今、二人だけの世界だった。
だから、今なら誰にも見つからないから。
泣き止んだ君の頬に、そっと優しくキスをした。
『傘の中の秘密』
長く続いた雨がようやく上がり、今朝はきらきらと水たまりに太陽の光が反射している。
真っ青に広がる空、澄んだ空気。しかもほら、虹までかかっている。
きっと今日はいい日になる。
雨上がりの空は、そんな気持ちにさせてくれた。
すっきりとした気持ちで家を出る。学校までの道のりをスキップしながら歩いていた。
すると、目の前に好きな女の子の姿が見えた。
なんたるラッキー。気分が更に上がる。
思い切って声をかけてみた。
「おはよう!」
「あ、おはよう……」
彼女はこちらを振り返ると、極上の笑顔を浮かべた。
か、かわいい……。
「……あははは! 何その髪型!」
「え?」
足元にある水たまりを見る。
そこには、漫画のような寝癖をした自分の姿が映っていた。
……まぁ、君の笑顔が見られたからヨシとする。
『雨上がり』
小さい頃から競っていた。
隣の家に住む幼馴染は、何かにつけて勝負を挑んできた。
どっちが早く走れるか。どっちが早く自転車に乗れるか。どっちが早く足し算ができるようになるか。どっちがテストの点数が高いか。どっちがゲームで勝てるか。どっちがあの子と付き合えるか。
そんな、たくさんのことを競ってきた。
どちらが勝ったからといって、何かあるわけではない。ただ、この勝負が楽しかっただけ。
勝ち負けなんて、どうでもいい。
これからも、一緒に勝負をしていけたら。それだけなんだ。
きっと、おまえもそうなんだろ?
幼馴染で、ライバルで、親友で、相棒のおまえと、ずっと一緒に。
『勝ち負けなんて』
親の顔は見たことがない。
気付いたらスラム街で生きていた。
ただ生き延びる為に、悪いことをたくさんやった。
見つかって、暴力を振られ、体中傷だらけ、痣だらけになっても、まだ生きていた。
生きる意味はなかったけれど、そこに存在していたらから、生きていた。
でも、今回はまずいかもしれない。
呼吸をするだけでも体中が痛いから、浅く浅く呼吸をする。口の中に錆のような味が広がる。
意識が朦朧としてきた。
――あぁ、これで終わりか。何だったんだろう、自分の人生は。
瞼が重い。視界が薄れていく。
ここで自分の物語はおしまい。さようなら。
目が覚めた。
終わったと思っていた人生がまだ続いていた。
柔らかなベッドの上で起き上がり、上等な服を着せられ、生きていた。怪我の治療もされている。
どうやら、自分達とは違う人間――貴族様に拾われたらしい。
ぼろぼろの子供を哀れに思ったのか、それともただの気まぐれか。わからないが、ここから新しい生活が始まった。
命の心配をすることはない。
柔らかなベッドに上等な服。温かい食事、お風呂。綺麗な部屋。何かに怯えることもなく、眠りに就くことができる環境。
拾ってくれたその人が、まどろむ自分の頭を優しく撫でた。その時初めて、温かな水が目の端から零れ落ちた。
終わりだと思っていた自分の物語は、新しいステージの上で、まだ続いていく。
『まだ続く物語』