「何怒ってるんだよ」
雨の中、少し前を早足で歩く君の後ろ姿を追っている。
声をかけても君は振り返らない。
「なぁ! 待ってってば」
駆け足で君の横に並び、傘を持つ手を掴む。
それでようやくこちらを向いた。
その顔は、涙に濡れていた。
驚いて思わず手を離す。
君はまた向こうを向いてしまった。
「……だって、あの子の方がいいんでしょ……?」
肩を震わせながらそんなことを言い出した。
「なんでそうなる?」
隣の席の女子が教科書を忘れた。だから一緒に見ていた。それだけだ。
そりゃ少し話したし、ちょっと話があったから笑ったりもしたけど、それだからといってあの子がいいってことにはならない。
「私が恥ずかしがって、付き合うこと秘密にしてとか言ったのに……。だから、他に君のこと好きになっちゃう人がいたって、とられちゃったって、おかしくないもん……」
「そんなんじゃないって。大体、好きになってくれる子なんて、君以外いないよ」
「それにあの子の方がかわいいし……。こんなことで怒る私なんか、かわいくないもん……」
何を言っているのか。
持っていた傘を投げ捨て、君の前に回り込んだ。
そのまま両手で思い切り抱き締める。
「……あのなー、俺にとっては、君だけがかわいいの! かわいくないなんて有り得ない。一番かわいい!」
雨はいよいよ激しさを増し、君の持つ傘の向こうは水しぶきで白く濁っている。この傘の下は今、二人だけの世界だった。
だから、今なら誰にも見つからないから。
泣き止んだ君の頬に、そっと優しくキスをした。
『傘の中の秘密』
6/2/2025, 1:26:38 PM