川柳えむ

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 親の顔は見たことがない。
 気付いたらスラム街で生きていた。
 ただ生き延びる為に、悪いことをたくさんやった。
 見つかって、暴力を振られ、体中傷だらけ、痣だらけになっても、まだ生きていた。
 生きる意味はなかったけれど、そこに存在していたらから、生きていた。
 でも、今回はまずいかもしれない。
 呼吸をするだけでも体中が痛いから、浅く浅く呼吸をする。口の中に錆のような味が広がる。
 意識が朦朧としてきた。
 ――あぁ、これで終わりか。何だったんだろう、自分の人生は。
 瞼が重い。視界が薄れていく。
 ここで自分の物語はおしまい。さようなら。

 目が覚めた。
 終わったと思っていた人生がまだ続いていた。
 柔らかなベッドの上で起き上がり、上等な服を着せられ、生きていた。怪我の治療もされている。
 どうやら、自分達とは違う人間――貴族様に拾われたらしい。
 ぼろぼろの子供を哀れに思ったのか、それともただの気まぐれか。わからないが、ここから新しい生活が始まった。
 命の心配をすることはない。
 柔らかなベッドに上等な服。温かい食事、お風呂。綺麗な部屋。何かに怯えることもなく、眠りに就くことができる環境。
 拾ってくれたその人が、まどろむ自分の頭を優しく撫でた。その時初めて、温かな水が目の端から零れ落ちた。

 終わりだと思っていた自分の物語は、新しいステージの上で、まだ続いていく。


『まだ続く物語』

5/30/2025, 11:33:27 PM