川柳えむ

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5/29/2025, 11:30:56 PM

 私は渡り鳥。毎日渡っていく。遠くから遠くまで。
 今日もいつものように渡る。

『この電車は、先ほどの信号設備故障の影響で、現在、定刻より約30分ほど遅れて運転しております』

 渡り鳥、ルート変更。目的地に早く向かう為、振替輸送を使う。
 とりあえず同じ方面へ行く別の電車に乗ってみる。
 乗り換えて乗り換えて、時に間違った方向へ進み、時に人混みに揉まれ、ようやく……。
 元の電車に戻ってきた。結局これが一番早く目的地に着く。
 ――なんだよ!
 許せない。でもどうしようもない。
 渡り鳥は疲れた。それでもまた、毎日渡っていく。


『渡り鳥』

5/28/2025, 11:27:44 PM

♪笹の葉さらさら 軒端に揺れる
 お星様きらきら 金銀砂子

 商店街に大きな笹が飾られていた。一ヶ月後の七夕に向けて用意されたらしい。
 たくさんの願い事が短冊に書かれて並んでいた。
 願いはかわいいものや切実なもの、笑えるものまで様々だ。
 面白がって私もさらさらっと書いてみる。
 それを飾っていると、通りがかりのおじさんが突然とんでもないことを言ってきた。

「この笹は、本当に願いを叶えてくれるんだよ。もちろん、全部じゃないけどね」

 もちろん叶えば嬉しいし面白い。
 でも、正直叶うとは思っていない。
 これだけたくさんの願い事があれば、叶うものもあるだろうし、叶わないものもあるだろう。当たり前だ。
 なので、おじさんの言うことは気にせずに、その場を後にした。

 そんなこともすっかり忘れて、気付けば七夕だった。
 七夕だからといって、何をするでもない。普通にその日は眠りに就いた。

 笹の葉と短冊が、さらさらと揺れている。
 誰かの願いが、風に運ばれて、天に昇っていった。
 そんな夢を見た。

 次の日。テレビをつけてニュースを見てみれば、世界はとんでもないことになっていた。

 どうやら、この世界は本当は存在しないらしい。
 ――どういう意味かわかるか?
 この世界は、誰かに書かれた物語らしい。読んでいた小説の中に転生した話とか、よくあるだろ、そういうやつ。つまり、この世界がそうらしい。何かの小説なんだと。

 ――[この世界がフィクションでありますように]

 こんなわけのわからない願いが、叶うとは思わなかった。別に叶えたいとも、さらさら思っていなかった。
 特に意味もなく、ふざけて書いただけだぞ?
 有り得ないじゃないか。この世界はフィクションで、自分すら本当は存在しないなんて。

 なぁ? もしかして、見えてるのか? この世界が。どこかで読んでるのか? おまえの目に、私はどう映っている? 変わってくれないか? この世界が存在しないなんて、私が存在しないなんて、狂いそうだ。なぁ、お願いだ。
 この願いを、取り消してくれ。


『さらさら』

5/27/2025, 10:29:24 PM

「これで最後です!」
「えー!?」
「アンコール!」
「じゃああともう一曲だけ……」

「では、これで最後です!」
「えー!?」
「アンコール!」
「そんなにぃ? じゃあ今度こそ次で最後ね?」

「今度こそ、これで最後です!」
「えー!?」
「アンコール!」
「じゃあ……」

 後ろからマネージャーが現れた。
 いい加減にしろと怒られた。


『これで最後』

5/26/2025, 10:44:33 PM

 始まりがそもそも少しおかしかった。
 記憶はないが、朝一緒のベッドにいた。あるだろ? それくらい。
 とりあえず好みだったので付き合った。

 そこで一つ問題ができた。
 ……彼女の名前がわからない。
 完全に訊くタイミングを逃してしまった。
 向こうはこちらの名前をちゃんと認識しているし、今更訊けない。困った。
 だから、彼女宛の郵便物をこっそり見た。
 ――『鈴木 瑠璃』。
 すずき るり!
 これが彼女の名前。ようやく知ることができた。
 そして、とうとう彼女を名前で呼んだ。

 ……怒られた。
「『るり』って誰?」と――。
 どうやら『瑠璃』と書いて『らぴす』と読むらしい。
 わ、わかるかぁー!
 浮気を疑われるし(いや読み間違いって気付いてほしい)、そもそも名前を覚えていなかったのかと怒られるし(それはそう)、最悪だ。
 もっと読みやすい名前をお願いします……。


『君の名前を呼んだ日』

5/25/2025, 10:27:17 PM

 空が灰色に染まっている。そこから、涙がぽたぽたと零れている。温かく、柔らかな風と共に地面へと落ちていく。
 その音がやさしい音楽のように聴こえる。
 昔はこんな日なんて嫌いだった。暗くて、心まで沈んでいきそうで。
 あの日は、適当に音楽を流していた。なんでも良かった。何か心が晴れるなら。
 その中に、あの曲があった。
 明るい曲ではなかった。まさしく今の状況を歌っているような、そんな歌。でも、優しいメロディーだった。
 その歌を雨音と共に聴いていたら、なんだか雨の日もまとめて好きになってしまったんだ。
 それから、こんな雨の日には、あの音楽が頭の中に、雨音と共に聴こえてくるようになった。心地良い気分だ。 


『やさしい雨音』

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