川柳えむ

Open App
6/5/2024, 7:08:42 AM

 私にとって、ここは狭い部屋だった。
 こんな狭い所にはいられない。私には似合わない。
 だから、もっともっと広い部屋を手に入れることにした。

 そうして、私は宇宙に出た。
 こんな狭い部屋――地球にはいられない。
 もっと広い宇宙を手にする為に。この宇宙は私の為にあると信じて。


『狭い部屋』

6/3/2024, 11:01:24 PM

 帰り道、憧れの先輩と二人きりになった。
 誰にでも優しい先輩は、私にも優しかった。勘違いしてしまいそうになる程に。こんな短い時間で、深みに嵌まってしまう程に。
 本当はずっと好きだった。それを『憧れ』という言葉に押し込めていた。
 ……あぁ、帰りたくない、と思ってしまう。

「あの……」
 立ち止まると、先輩もそれに合わせて立ち止まってくれた。
「ん? どうしたの?」
 優しい微笑みを浮かべて、私を見てくる。動悸が速度を上げる。
「あ、あの……そのっ……!」
 言葉が上手く出てこない。
 ひとしきり「あー」だの「うー」だの訳の分からない言葉を発して、そうして、ようやく出てきたのは――
「せ、先輩って、す、好きな人って……いないんですか?」
 ――そうじゃない! そうじゃないでしょ、私!!!!
 そんなことを頭の中で叫ぶ。本当は好きだって伝えたいのに。
 勇気の出ない自分に悲しくなりながら、私は先輩を見た。
 そして――

 あ……。

 一瞬の表情を見て、気付いてしまった。
 とても愛おしいものを見るような目、それなのに、とても哀しそうな笑顔。そんな表情を一瞬させて、あとはまたいつもどおりの優しい笑顔に戻って、
「いないよ」
 なんて、言われたって。

 途中まで送ってもらい、「ここからは方向が違うから」と離れて帰ろうとした。一緒にいたら、泣いてしまいそうだったから。
 先輩はそんな私の様子を知ってか知らずか、
「そっか。また明日ね」
 それだけ言うと、その場を去っていった。

 そこからどうやって帰ったかは覚えていない。
 帰宅し、小さく「ただいま」と家族に声を掛けると、まっすぐ部屋へと駆け込んだ。
 そしてそのままベッドへと体を埋める。
 あの目は、私を映していなかった。もっと、ずっと遠いところを見ていた。あんなに哀しそうな顔なんて、今まで見たことがない。
 悲しい恋をしているのだろう。そして、それはきっと叶わない恋なのだろう――。
 自分が悲しいのか、先輩のその想いが悲しいのか。それとも、両方なのだろうか。
 枕に顔を押し付けると、ただただ、声を殺して泣いた。


『失恋』

6/2/2024, 9:10:31 PM

 ある旅人が村へ行こうとしています。
 すると、途中で左右へ続く分かれ道がありました。
 どちらへ行けば分からない旅人は、近くにいた四人の人に質問をしました。

A「それなら左の道を行けばいいよ」
B「Cは正直者です」
C「Aは本当のことを言っています」
D「右の反対のそのまた反対の道ではありません」

 さて、どちらの道を行けばいいでしょう。
 ただし、ここには正直者しかいません。


 やっぱり論理クイズは嘘つき者がいないとつまらないな。と、左の道を進みながら旅人は思いましたとさ。


『正直』

6/2/2024, 7:37:03 AM

 雨が降っている。
 雲が絶えることなく大粒の涙を零し続ける。何日も何日も。
 それは、まるで私の心のように。
 雨に濡れながら、雲が零した涙を見ていた。
 生まれて消えていく雨粒は、まるで命のようで。この一瞬の為に生きているのかと悲しくなった。
 雨粒が弾ける。
 弾ける瞬間、雨音は歌った。優しく軽やかに、歌った。
 温かい雨は私の体を優しく包んで、涙と一緒に流れていった。

 -・- ・・・ ・--・ ・-・--

 私達は雨粒です。
 私達が辿り着く先の地面には、一人の女の人が立っていました。
 彼女は憂鬱そうに見えました。雨に濡れて、悲しそうな顔をしていました。
 雨粒は生まれ消え行くだけ。そしてそれは水となり、大地を潤し、生命を豊かにする。
 だけど、それが何だっていうのでしょうか。悲しむ今の彼女に何かしてあげられないでしょうか。
 どうか、せめて――。
 私達は歌いました。精一杯、歌いました。
 彼女は泣き出しました。

 -・- ・・・ ・--・ ・-・--

 長い長い雨は止み、雲が千切れ、空が覗き込みました。
 私達は消えたけれど、青空に七色を描いていきました。
 最期に見たのは、彼女の笑顔でした。


『梅雨』

5/31/2024, 10:57:55 PM

 何も知らない、あどけない顔で笑う君。純真無垢で、まだ世の中の汚さを何も知らない。真っ白な君。

「本当に貴女は何度言っても駄目なんだから!」
 子育てをしてそれだけでもヘトヘトな私に、アポ無し訪問の義母が、流しに置かれっ放しの、少し片付けが遅れただけの食器を見つけて、鬼の首を取ったかのように嬉々として怒鳴る。
 怒鳴る余裕があるなら、片付けを手伝ってほしい。
「全く駄目な嫁でちゅよね〜」
 生まれたばかりのまだ幼い我が子に擦り寄って、そんなことを吹き込む。
 余裕がなくて苛ついてしまう。やめてよ。

 我が子がこちらを向いた。
 そして、にこーっと笑った次の瞬間。
 ぶぅ、と大きな音を立てた。特大のオナラだった。
「くっさ!」
 義母が苦い顔をして後退った。
 キャッキャッと喜ぶ子。

 純真無垢? 何も知らない?
 ――本当に?
 でも、きっと私のことを思ってくれているのは間違いないから。
 大切な大切な宝物をぎゅうっと抱き締めた。


『無垢』

Next