帰り道、憧れの先輩と二人きりになった。
誰にでも優しい先輩は、私にも優しかった。勘違いしてしまいそうになる程に。こんな短い時間で、深みに嵌まってしまう程に。
本当はずっと好きだった。それを『憧れ』という言葉に押し込めていた。
……あぁ、帰りたくない、と思ってしまう。
「あの……」
立ち止まると、先輩もそれに合わせて立ち止まってくれた。
「ん? どうしたの?」
優しい微笑みを浮かべて、私を見てくる。動悸が速度を上げる。
「あ、あの……そのっ……!」
言葉が上手く出てこない。
ひとしきり「あー」だの「うー」だの訳の分からない言葉を発して、そうして、ようやく出てきたのは――
「せ、先輩って、す、好きな人って……いないんですか?」
――そうじゃない! そうじゃないでしょ、私!!!!
そんなことを頭の中で叫ぶ。本当は好きだって伝えたいのに。
勇気の出ない自分に悲しくなりながら、私は先輩を見た。
そして――
あ……。
一瞬の表情を見て、気付いてしまった。
とても愛おしいものを見るような目、それなのに、とても哀しそうな笑顔。そんな表情を一瞬させて、あとはまたいつもどおりの優しい笑顔に戻って、
「いないよ」
なんて、言われたって。
途中まで送ってもらい、「ここからは方向が違うから」と離れて帰ろうとした。一緒にいたら、泣いてしまいそうだったから。
先輩はそんな私の様子を知ってか知らずか、
「そっか。また明日ね」
それだけ言うと、その場を去っていった。
そこからどうやって帰ったかは覚えていない。
帰宅し、小さく「ただいま」と家族に声を掛けると、まっすぐ部屋へと駆け込んだ。
そしてそのままベッドへと体を埋める。
あの目は、私を映していなかった。もっと、ずっと遠いところを見ていた。あんなに哀しそうな顔なんて、今まで見たことがない。
悲しい恋をしているのだろう。そして、それはきっと叶わない恋なのだろう――。
自分が悲しいのか、先輩のその想いが悲しいのか。それとも、両方なのだろうか。
枕に顔を押し付けると、ただただ、声を殺して泣いた。
『失恋』
6/3/2024, 11:01:24 PM