好きな人に告白した。
すると、彼は「彼女がいるんだよね」と言った。
フラれた――でも、仕方ない。ショックだけど、彼女がいるのは知っていたし。わかっていて告白した。どうしようもない。
「えー……じゃあ、俺のクローンと付き合う?」
クローン。
最近自分のクローンを作るのが流行っている。
たとえば、クローンに宿題を手分けしてやってもらったり、仕事を分担したり、家のことをやってもらったり。そんな使われ方をしている。
しかも、クローンを作る際に、少し性能を弄ることもできるようになっている。頭脳明晰にしたり、従順な性格にしたり、そんな感じだ。クローンなのに、外見は同じでも性格が全然違うように作られることもある。
そんなわけで、私は彼のクローンを手に入れた。
私だけの彼のクローン。私だけを見て、私だけに優しい。
彼のクローンは何よりも私も優先してくれた。私だけしか見ない。私以外の人はどうでも良さそうだった。いや、実際どうでも良かったのだろう。そういう風に設定して作ったのだから。
でも、違った。
彼のクローンは、クローンであって、彼ではない。
誰にでも分け隔てなく優しかったのに、私にしか優しくない。彼女のことが大好きだったのに、私のことが大好きだった。
彼のクローンと一緒にいて、気付いたんだ。
理想のあなたは理想通りだけど、私が好きなのは私の理想じゃないあなただったんだって。理想じゃないところも含めて、あなたのことが大好きだった。
私は彼のクローンを手放すことに決めた。
『理想のあなた』
突然の別れだった。
知らなかった。そんなことになっていたなんて。
いろんなこと、まだ全然できていないのに。どうして。
悲しい。
私にも悪いところがあったのかもしれない。
でも。こんなのって、ないよ。まださよならしたくないのに。
プレイしてたスマホゲーが急にサービス終了なんて!
お知らせ見てなかったのが悪いのかもしれないけど! まだ全然ストーリークリアしてないのに!
悲しいー。
『突然の別れ』
――こうして、お姫様は王子様と幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
そんな幸せな物語、現実には存在しない。
近くで見つけた妥協の恋くらいしか存在しなかった。
でも、とうとう見つけてしまった。
王子様のような、素敵な存在。
だけど、それは選りにも選って、画面の向こうにいた。
まだ同じ次元に存在してくれただけマシかもしれなかった。
私はあなたに恋をした。
あなたに言葉をたくさん投げるけど、一緒にお金もたくさん投げるけど。
知っている。あなたにとって、私はたくさんの名前のないものの一つで、きっと知ることもないんだろうってこと。
いつかはきっとあなたなりの幸せを見つけて、目の前から消えてしまうんだろう。
それが、とてつもなく、苦しい。
わかっているのに。最初から、叶わない恋だということ。
お姫様は王子様と幸せに暮らせたけれど、お姫様になれない、何でもない私は、叶うことのない恋物語を終わりまでただ見続ける。
『恋物語』
特に楽しいこともなかった。
眠りたくないだけだった。寝たら明日が来てしまうから。
眠らなければ明日が辛くなるけど、それでも。
そうして迎える真夜中。
布団の中でスマホをただぼーっと眺めている。何かが頭に入ってくることもない。ただ何も意識せず、所謂「脳死で」スマホを弄っている。毎日のルーティン。
こんな毎日を過ごしている。
そして小さく溜息を吐き、瞼を閉じて、終わらせたくない真夜中を終わらせた。
『真夜中』
「ねぇ、私のこと愛してる?」
彼女がそんなことを訊いてくる。
彼が頷くと、彼女は顔色一つ変えずに、
「じゃあ死んで」
と言った。
いつものことである。いつものやり取り。
彼女はこうして彼の愛を試すのだ。
いつもは彼も、
「そう言っても、俺が死んだら悲しむでしょ?」
「俺が死んだら誰が君を守るの」
そんなことを言っては彼女を宥めていたのだが、さすがの彼もそろそろ限界を感じていた。
「俺が死んだら満足する?」
そうして、広がる景色へと続く柵に手を掛けた。
「え?」
彼女は虚を衝かれたようで、明らかに動揺していた。
幸い、ここは廃アパートの屋上。何か事件が起きてもすぐさま騒動になるようなこともないだろう。
「冗談でしょ?」
彼女か尋ねる。
「冗談だと思う?」
彼が身を乗り出す。
「君はきっと、俺が本当に命を懸けない限り安心できないだろう? だから、見せてあげるよ。俺が本気で君を愛していることを」
そうして、そのまま向こう側へと飛び降りた。
体が叩きつけられる。
「……成功かな?」
そこには大きなマットが広げられていた。その中心に、彼の体はあった。
「大丈夫か?」
彼の友人が顔を覗き込んでくる。
「あ~……大丈夫。さすがにこれに懲りて死んでとか言わなくなるといいけど」
彼はそう言いながら起き上がった。
これは彼が計画したドッキリだった。
いつも愛を試してくる彼女にうんざりしていた彼は、じゃあ目の前で本当に死んで見せたらどうだろうか? そんなことを思ってしまった。
だからと言って、本気で死にたいわけじゃない。疲れて一瞬そんな考えも過りはしたが、自分が死んでしまっては元も子もない。
ではどうすればいい?
そうだ。ドッキリだ。近くに廃アパートがあった。そこの屋上から飛び降りてみせよう。ツテのある友人に頼んで、救助マットをこっそり手に入れた。これで準備万端。あとは彼女を連れ、目の前で飛び降りて見せるだけ。
これで少しは彼女の目が覚めるといいけど。
愛があれば何でもできるわけじゃない。愛していると言っても限度がある。
それでも俺は君を愛しているから、それをわかってほしい。そして君にも、俺を試さず信じて愛してほしい。
本当は、それだけだった。
隣で激しい衝撃音がした。
それが何なのか理解できるまで、短く長い時間を要した。
これはドッキリだったんだ。
俺が本当に死ぬフリをしたら、もうそんなこと言わなくなってくれるんじゃないかと。ただ、それだけだったんだ。
もし俺が本当に死んでしまっても、君まで死ぬ必要はなかった。心中が愛の証明になるわけでもないし。
だって、きっと愛って、そういうものじゃないだろう?
『愛があれば何でもできる?』