川柳えむ

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4/21/2024, 7:02:29 AM

 何もいらないというよりも、そもそも何も持っていない。
 何かを手にしたらどう変わってしまうのか、想像もできない。
 きっとこのまま何も手にすることはない。それで構わない。
 何も持っていないからこそ、何でもできる。
 僕は無敵だ。
 そうして今日も、ギリギリを生きていく。


『何もいらない』

4/19/2024, 10:43:04 PM

 いかにも怪しい骨董屋で、その水晶玉を見つけた。
 友達に連れられて入っただけで、正直店に入るのも嫌だったし、絶対に何も買わないと決めていたのに。
 その水晶玉はどの品物よりもきらきらと輝いていて、他の品物はまるで脇役のように見えた。悪く言えば、浮いている。そんな風に感じた。

「その水晶玉は未来が見えるという話ですよ」

 店の奥からお婆さんが出てきて、そんなことを言い出した。
「えー? 未来が見れる水晶!? すごいじゃん! 買ってみたら? 見惚れてたみたいだし」
 友達が気軽に勧めてくる。
 たしかに、見惚れてたけど。綺麗だなって思ったけど。金額見えてる?
「実は品物がなかなか売れなくて、そろそろこのお店も閉めようと思っていたの。もし良ければ安くしますよ」
 うぅ〜……それなら?
「それに、私には何も見えなくて。もうこんな歳ですしねぇ」
 それって単純にこの水晶玉が偽物なのでは? そもそも本当に未来が見られるなんて、そんな夢のような話があるわけない。
 でも、その水晶玉があまりにも綺麗で――気付いたら手元にあった。

「買ってしまった……」
 家に帰り、とりあえず机の上に置いてみる。
 水晶玉は一層きらきらと輝いている。
 なんだかんだで、あまり後悔はしていなかった。
「未来なんて本当に見えるのかなぁ」
 もしも本当に未来が見られるとしたら。私は、どんな生活をしているだろう?
 素敵な人と出逢って、郊外に赤い屋根のお家を買って、犬や猫と一緒に暮らしたい……。そんな様子が見られたらいいなぁ〜。
 なんて、そんなことを考えながら、水晶玉を覗いてみた。少し期待しながら。
 水晶玉には何も映らなかった。
「……って、そりゃそうだよねぇ」
 当たり前である。そんな上手い話があるはずない。この世には魔法なんて存在しない。
 少し残念に思いながらも、インテリアとして部屋に飾っておくことにした。

 でもそれから暫くして、映らないのは正しかったのだと実感した。
 私も、お婆さんも、きっと、誰が見ても。未来は映らなかった。


『もしも未来を見れるなら』

4/18/2024, 8:06:46 PM

 何をしたって何も感じない。笑うことも怒ることもない。
 そんな人生だった。
 両親は大層心配していたが、僕は何も感じない。感じる必要もない。
 ただ過ぎる時を眺めているだけの人生だった。

 君に出逢うまでは。

 君の笑顔で、無色だった僕の世界に初めて色が付いた。
 君が一つ一つ何かをする度に、世界が彩られ、輝いていく。今や、僕の世界は色に溢れている。あまりの鮮やかさに、瞳に溢れ返った色が、涙となって零れてしまいそうだ。
 世界は美しかった。そして、君の笑顔も。

 この美しい世界を大切にしたい。


『無色の世界』

4/17/2024, 9:00:58 PM

 浮かれた男とは対象的に、女は沈んだ表情をしていた。
「こんな日なのに、もっと笑えよ」
 男が咲き乱れる桜と『入学式』の看板を背景に、女に向かって言った。
 女は溜息交じりに答える。
「笑えないよ。だって、やっぱり、違うもん」
 彼女は元々別の学校を受験していた。しかし結果は桜散り、滑り止めで受けていたこの学校に通うことになってしまったのだ。
 変わらず暗い表情をしている女に、男は少し苛ついてしまった。
「笑えって! 俺がいるだろうが! 俺がおまえを笑顔にしてやるから」
 思わず告白していた。
 男は内心喜んでいた。彼女が受験に失敗したことに。
 俺は嬉しい。おまえも喜べよ。一緒にいられるんだ。絶対に楽しくなる。楽しくする。おまえを笑顔にする。
 女が顔を上げた。
「何言ってんの。あんたは希望の学校に浮かれて嬉しいのかもしれないけどさ。落ちた人の隣でずっとヘラヘラしてて不快だったわ。あんたの隣で笑顔になれるわけないじゃん」
 冷たい表情を向けている。
 風が強く吹いて、桜の花弁が勢い良く散っていった。


『桜散る』

4/17/2024, 7:11:55 AM

 吾輩はちくわである。
 名前は『マダナイ』。

「なぜちくわなのか?」だって?
 そんなこと尋ねられても困る。
 なら、なんだ? 君は、「なぜ人間なのか?」と尋ねられたら答えられるとでも?(もしかしたら人間ではなく、飼い主の邪魔をしている猫や、知能をもったオランウータンのお方も読んでいるかもしれないが)
 吾輩には夢がある。
 ちくわに生まれたからには、ちくわとして生を全うしたい。そう。つまりは、食べてもらうことである。

 吾輩は昨夜、生まれ育ったちくわ工場を旅立ち、そして本日、スーパーの練り物コーナーに並べられた。隣では、かまぼこが暇そうに通り過ぎていく人間を眺めている。
 吾輩はかまぼこに話し掛けてみることにした。
「君はどんな人間に食べてもらいたい?」
 かまぼこは突然話し掛けられたことに驚いた様子だったが、少し間を置いてから一言、「美女」とだけ返してくれた。
「そうか。美女か。正統派だな」吾輩は言った。「実は、吾輩は、美味しく食べてさえもらえれば、それがたとえ野良犬だったとしても構わないのだ」
 吾輩の言葉に、かまぼこが反応した。
「なんだって。野良犬でも? それじゃあおまえ、残飯になってしまっても、結果的に食べてもらえればそれでいいと?」
 不思議そうに、そう尋ねてくる。
 無理もない。きっと普通ならば、このかまぼこのように、美しい人間に美しく飾られて、それはもう上品な味付けをされて、美味しく食べてもらいたい。そういった夢を心に抱くのであろう。
 それでも吾輩は、そんな他練り物から見て素晴らしいちくわ生でなかったとしても、ただしっかりと味わって食べてもらえれば、それでいいのだ。それだけで幸せなのだ。
 そう伝えると、かまぼこは「変な奴だな」と言って笑った。

 それから少しの時が過ぎ――
 昼を三時間ほど超えた頃。吾輩は一人の青年に買われた。歳は二十代前半といったところか。
 彼は吾輩だけを単品で購入すると、そのままどこかの雑居ビルに入り、屋上へとやって来た。
 そして、徐ろに袋から吾輩を出すと、そのまま銜えた。
 吾輩を噛んだり飲み込んだりするでもなく、銜えたまま、彼はゆっくりと横になり、吾輩の先に広がる青空と流れる雲を眺めている。
 これは――どういうつもりだろうか?
 吾輩はタバコではないし、笛でもない。吹いても音は出ない。
 勘違いさせたなら申し訳ない。しかし吾輩にはどうしようもない。早くこの過ちに気付いて、どうにか吾輩を食べてもらいたいものであるが……。
 はて、どうしたものかと悩んでいると、彼の隣にもう一人の青年がやって来た。彼とは同い年くらいだろうか。もしかしたら知り合いなのかもしれない。
 しかし、彼らは会話をすることもなく。
 隣に座った青年もまた、吾輩とは別のちくわを取り出して銜えると、この吾輩を銜えている彼と同じように横になった。
 ……よくわからないが、これは、流行りかナニカなのであろうか?
「あれ? おまえ――マダナイじゃないか?」
 突然、隣から話し掛けられた。吾輩を銜えている彼に向けてではなく、吾輩に向けて、だ。
「え? ……もしかして、モウアルなのか?」
 まさか。まさかこんなところで、ちくわ工場では唯一無二の親友であったモウアルに再会できるとは!
 吾輩は昨夜の出来事に思いを馳せた。

 出荷される直前、モウアルは言った。
「たとえ美味しくなくても、しっかりと噛み締め食べてもらえたなら。誰かの栄養になれたなら。俺達はそれで幸せだよな」
「あぁ。それが吾輩達の使命で、運命なのだから」
 吾輩は深く頷いた。
「それじゃ……達者でな」
「君も、元気で」
 そうして吾輩達は、これが今生の別れになるであろうと感じながらも、涙を堪え離れたのである。

 それが、一体どんな運命のいたずらだというのか。
 吾輩は嬉しくなり、しかし、同時に不安を抱きながら、モウアルに尋ねた。
「吾輩を銜えているこの青年だが、一向に吾輩を食べる気配がない。はたして、ちゃんと食べてもらえるのか。このまま食べずに捨てられたならばどうしよう? あぁ、不安だ」
 そんなことを言いながら、考える。
 ――もしかしたら。彼はとても疲れていて、もにっとした食感の吾輩を銜えることで癒されているのかもしれない。最終的に食べてもらえるなら、今はそれでも構わない。
「…………マダナイ」
 モウアルが、どこか遠慮がちに吾輩の名前を呼んだ。なぜだろうか? それには、迷いや煩いを含んでいるように感じた。
「実はな、マダナイ……俺は」
 そのとき、モウアルを銜えていた唇が、ゆっくりと動いた。そのまま、モウアルの体は噛み千切られ――
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁ!!」
 まるで、ない耳を劈くような悲鳴が響いた。
「俺は……俺は、本当は、食べられたくなんかねぇよ! 腐っちまっても構わない! 朽ち果てるその時まで生きたかったよおぉ!」
 モウアルの告白に、吾輩は驚きを隠せない。
 ちくわに生まれたからには食べられることが幸せだと、語り合った日々はなんだったのであろうか? 全て嘘だったのか?
 しかし、モウアルが目の前で食べられていくのを見て――
 ――何を、今更。怖気付いたとでも言うのか? そんな、そんなこと……。
「……吾輩も、食べられたくない!」
 本当は、ずっとずっと気持ちを偽っていたのかもしれない。ちくわに生まれたのだから、食べられるしかないのだと。美味しく食べられようがなんだろうが、食べられてしまうのだから変わらない。そう諦めていたのかもしれない。
 しかし、今はっきりとわかった。吾輩は、吾輩の夢は、誰かに食べられることなどではない。
 吾輩はまだ生きたい!
 吾輩を銜えている唇が、ゆっくりと動き掛けた。
 ――神様、神様、神様! 吾輩は死にたくない! 生ぎたいっ!!!!
 そう心から願った次の瞬間。

 世界は滅亡した。

 地球に隕石が衝突したのだ。
 世界の人口は一億分の一まで減り、今まで人類が築きあげてきた文明は全て失われ、代わりに、隕石に付着していた菌がこの星の環境に触れたことで突然変異を起こし――
 吾輩は、その菌によって手足が生え、まるで人間のように二足歩行が可能になった。
 きっと、これから、吾輩の新しい日々が始まるに違いない。これからは自分に正直に生きていこう。
 ……しかし、平穏な日々が訪れたのも束の間。なんと、同じように手足が生えたかまぼこ達が、この世界を征服しようと動き始めたのである!
「止めに行かねば!」
 吾輩は立ち上がった。
 それを、できたばかりの妻であるイマデキタが引き止める。
「そんな危険なこと、お止めください」
「イマデキタ……しかし、誰かが行かねばならぬのだ。噂によると、どうやらかまぼこ達の中心となっているのが、吾輩の知っている者のようなのだ。……とはいえ、人間に買われる前に少し話しただけではあるが。あの頃のおまえはどこへ行ったのだと、彼に問いたいと思う」
 吾輩の真剣さに、イマデキタは諦めたように微笑んだ。
「わかったわ……。でも、無茶はしないで。辛くなったら、いつでも帰ってきてくださいね」
 そして、そっと吾輩にキスをした。
 ――怒られるかもしれないが。実は少しわくわくしていた。
 ただのちくわだったら、絶対に訪れることのなかった幸せな生活。そして、どきどきの冒険。そんな日々を送れるのだから。
 最初は、食べられることが夢だと思っていた。更に美味しいと思ってもらえれば儲け物だと。しかし、死を目の当たりにして、生きたいと思った。それから、世界は一度滅亡して、吾輩のちくわ生も一変した。そこで、新しい夢が出来た。妻と幸せな生活を送ること。そう思えば、また状況が変わり――夢も目まぐるしく変わっていく。夢見る心はいつも輝いている。

 吾輩のちくわ生はこれからだ!


『夢見る心』

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