川柳えむ

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4/12/2024, 10:57:15 PM

 元々飛ぶのが下手だった。上手く羽ばたけなくて、みんなの笑い者だった。
 ただでさえそんな状態だったのに、翼に怪我をした。飛ぶのは絶望的になった。

 季節が変わり、仲間達は遠くの空へと旅立っていく。
 みんなの後ろ姿を見送る。僕は飛び立つこともできず、ただ死を待つのみだった。涙で世界が滲む。
 みんなが向かう先の遠い遠い空を思い浮かべながら、瞼を閉じた。

 温かい場所にいた。
 ここが想像した遠くの空なのか。その更に向こうなのか。それとも、そうか、あの世なのか。
 目をゆっくり開けると、狭い狭い場所にいた。僕は人間に拾われたようだった。
 人間は僕に不自由ない生活をさせてくれた。とても優しく触れてくれた。

 今も時折思い浮かべる。遠くの空を。
 でも、ここには羽ばたける広い空はないけれど、この狭い空間が今の僕の世界で、僕の幸せになった。僕にとっての楽園だ。


『遠くの空へ』

4/11/2024, 10:36:25 PM

 友達ができた。
 私は口下手で、上手く喋れない。台本を用意して、ようやく喋れるくらい。
 そんな私だけど、友達ができた。その子は友達がたくさんいた。正直、別の世界の人だと思っていた。
 でも、その子もいろんな悩みを抱えてるんだって偶然知った。当然だ。悩みを抱えていない人なんていなかったんだ。
 そして、私達は友達になった。まだ上手く話すことはできないけど。
 でも、これだけは言っておきたい。言葉にするのは苦手だけど、伝えたい。
 友達に。友達になってくれて、

「ありがとう」


『言葉にできない』

4/10/2024, 10:42:14 PM

 その日はとても晴れていた。
 温かい春の日で、桜は元気良く花を咲かせていた。
 私はその日電車に乗っていた。
 ぼーっと窓の外を眺めながら、視線の先に広がる桜の木々に、春だなぁ……と改めて感じていた。
 電車はトンネルに入った。長い長いトンネルだ。
 窓の外は暗闇で、だからといって特に視線を変えることもなく、ただただぼーっとしていた。
 そして、トンネルを抜けた。その瞬間。
 桜の花びらが視界を覆った。
 まるでカーテンのように、桜の花びらが辺り一面を舞っている。
 驚いている間に、電車は次の駅に到着した。ここでしばらく停車するらしい。本来この駅で長く停車することはないので、何か調整があったんだと思う。
 ホームには止むことなく花びらが降り注いでいて、あまりにも幻想的な光景に、しばし見惚れてしまう。
 カメラを向けてみても、この光景は上手く写らない。私は心にこの光景を焼き付けた。
 あの日ほどの光景には、それ以来出会っていない。もしかしたら夢だったのではないかと疑うくらいの、美しい春の日だった。


『春爛漫』

4/9/2024, 10:43:12 PM

 ふざけた友達に手錠をかけられた。
 演劇部の劇で使った小道具だ。
「鍵がないってどういうことよ!?」
「いやー……なくしちゃって……? 昨日まではあったんだけど、たぶん、今日部室の整理をしている時にね?」
 しどろもどろで目を泳がす友達。
 正直、俺は特に困っていなかった。困っていたのは、もう一方の手錠の先に繋がれた幼馴染の女子だった。そう、俺達は一つの手錠で繋がれていた。
「探してよ! こっちはこの状態で、探すのもままならないんだから!」
 怒られて、一生懸命探す友達。
「あなたも怒ってよ!」
 そして、怒りの矛先は俺の方へ。
「えー? 俺は別に困ってないしなー」
「そうよね。あなたはそういう奴だもんね。すぐ私をからかうんだから」
 別にからかっているつもりなどない。事実を言ったまでだ。
 だって、俺はこのままでも構わない。
「み、見つけましたぁ……」
 下校時刻ギリギリまで捜索して、ようやく見つかった。友達はもうへろへろだ。
「ようやく外せる〜」
 鍵を回す。カチャリと小さな音がして、手錠が外れた。
「なーんだ、残念だな」
 笑いながらそんなことを言ってみる。
「何言ってんのよ。ふざけてないで帰るわ、よ……?」
 ガチャンと良い音が響いた。
 お互いの手には先程と同じように手錠がはまっていた。
「な、何やってんの!?」
 彼女が驚いた声を上げる。友達はそんな俺達の様子を目を丸くしながら見ていた。
「残念だって言ったじゃん」
 俺が再び手錠を自分達にはめたのだ。更にそのまま、手錠の鍵を窓の外に投げ捨てた。
「何考えてんの!? どうすんの!」
「おまえ、とうとう狂ったのか?」
 友達にまでそんなことを言われる始末。
 だって、これなら物理的に君と一緒にいられるだろう?
 君となら、ずっと一緒にいられる。これからも、ずっと一緒にいたい。誰よりも、ずっと一緒に。


『誰よりも、ずっと』

4/9/2024, 6:36:23 AM

 突き抜けるような青空に、白い雲が心地良さそうに漂っている。暖かい風が優しく吹いて、もうすぐ春が来ることを告げている。
 あぁ。なんて素敵な、お別れ日和だろうか。
 今日という日、僕らは別々の道へ旅立つ。それぞれがそれぞれの胸に、様々な想いを抱いて――。

「もう卒業かぁー。早いねぇ」
「そうだね。なんだかあっという間だったな」

 こうやって、教室でみんなとわいわい会話するのももう最後。
 そんなことを考えてしまうと、鼻の奥がツンと痛み、目の端から何か零れ落ちそうになる。
 それを気付かれないように、あえて元気良く振る舞う。

「卒業だしさ、せっかくだから今月中にどこかみんなで集まって、一日遊ぼうよ」
「おー」
「いいねぇ」
「そういやここ行ってみたいと思ってたんだけど」
「みんなで夜タコパしたい」

 そうやって、遊ぶ計画を立てていく。みんなの楽しそうな顔を眺める。

 大切な仲間。楽しい時間。忘れたくない。絶対に、忘れない。
 寂しさはあるけど、大丈夫。だって、お別れしたって、何もかもが終わるわけじゃない。きっとみんなわかっている。こうやって集まって話したり遊んだり、そういったことが簡単にはできなくなってしまうけど。
 この青い空は繋がっていて、その下にみんないるんだ。僕らは違う道を、果てしなく広がる世界を、それぞれに希望を持って旅を続けていく。それでもお互いを思う心はきっと一緒だ。
 これからも、ずっと――。


『これからも、ずっと』

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