川柳えむ

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3/17/2024, 7:31:45 AM

 深夜の廃墟を君と一緒に回る。
「怖い」と言いながら抱き着いてくる君の頭を撫でながら、「大丈夫だよ」と余裕を見せつける。
 俺は深夜の廃墟も平気だけど、君は怖がりだね。そんな君がかわいい。
 昔は悪友達と廃墟に忍び込んで遊んでいたもんだ。深夜に肝試しもしたりしていた。楽しかったな。誰も来ないし、悪いことをするのにも丁度良かった。
 だから、慣れていたし、今まで実際にそういう目に遭ったことがないからなのか、なんでこれで怖いのかわからない。
「怖いよ」
 君が震えている。
 怖がらせてしまって悪かったな。俺の趣味に付き合わせてしまった。
 ――そういえば、なんでここに来たんだっけ?
 あぁ、そうだ。ドライブ中にたまたま廃墟を見つけたんだった。最近は大人になってしまったからか、廃墟に忍び込むなんてもう随分としていなかったし、懐かしくなってつい「一人でも」と立ち寄ってしまったんだった。
「絶対に離れないでね」
 怯える君がかわいいことを言ってくる。
「怖がらせてごめんね」
 安心させようと君を胸に抱き締める。手にぬるりとした何かが触れる。手に着いたそれは赤黒く、生臭かった。
 そこで気付いてしまい、立ち止まる。
 ――ところで『君』って誰だっけ?
 背筋に一筋の冷たい汗が流れた。


『怖がり』

3/15/2024, 10:21:58 PM

 綺麗な物が好きなその子は、宝箱いっぱいに、きらきらと輝く物を詰め込んでいました。
 磨いたコイン、桜色の貝殻、紅葉の葉っぱ、クリスマスのオーナメント、色ガラスの破片、花を閉じ込めたレジン……。
 たくさんたくさん詰めて、蓋が閉まらないくらいに。
 その大切な物がいっぱい溢れた宝箱を大事に大事に抱えて、嬉しそうに笑いながら駆け回っていたら、足がもつれて転んでしまいました。
 宝箱はひっくり返り、中身は零れて、遠くまでばらばらと散っていってしまいました。
 その子は悲しくなってたくさんの涙を流しました。
 そして、そのきらきら輝く宝物ときらきら輝く涙は、空に広がって星になり、星空を作りました。
 その子が好きだった綺麗な物は、人々を楽しませるみんなの宝物になりました。


『星が溢れる』

3/14/2024, 10:55:34 PM

 朝早く起きて、ご飯を食べる暇もなく出勤して、仕事して、理不尽なことで上司に怒られて、昼食取りながら修正して、残業して、夜遅くに会社を出て、コンビニでご飯を買って、家に帰って、買ったご飯を食べて、風呂で寝落ちて、寒くなって目が冷めて、布団に入って、ようやく寝る。
 そんな日々の繰り返しで、自分が何の為に生きているのかわからなくなった。
 そんな頃、いつもと少し違う日があった。
 会社を出て駅へ向かう途中に、怪しげな女の人がニコニコ笑いながら立っていた。女の人の隣にいたおばさんが「あなた、不幸そうね」と私に言ってきた。気分が悪い。
 無視をして通りすがろうとしたら、そのおばさんが私の腕を掴んできた。
「何するんですか!」
「あなた、運気が下がっているわ。幸せになりたいでしょ? これ読んでみて」
 おばさんが冊子を渡してきた。表紙には『風水で幸せになる』と書かれていた。胡散臭い。
 ふと顔を上げると、隣でニコニコ笑っているだけの女の人と目があった。女の人は益々笑顔になった。穏やかな笑顔だ。
「なんと、今ならこちらの先生が直々に風水のことをお話してくださるわ。どう? こんなところで直接お話してくださる機会なんて滅多にないわよ!」
『先生』と呼ばれた彼女が、私の頭に優しく触れた。
「毎日頑張っているんですね。偉いですね」
 とても優しい声色で私に語り掛ける。その瞳は穏やかで、何もかも見透かしているような、そんな眼差しをしていた。
 頑張ることは当たり前だ。頑張らないと何もできない。それなのに、それだけの私を褒めてくれた。偉いと言ってくれた。それだけで、全てが満たされた気がした。独りでに頬を涙が伝っていく。
「大丈夫。これであなたも幸せになれます、必ず」
 全てを包み込むような温かい声が響く。安らかな瞳で、私の心に訴え掛ける。きっとこの人は、疲れ切った私に同情した神様が遣わしてくれた存在に違いない。
 そしてこの時から、私は本当に幸せになれたのだった。


『安らかな瞳』

3/13/2024, 10:40:40 PM

 もうどれくらい経ったのかわからないくらい永い時間、ずっとあなたの隣にいる。
 あなたの隣は私だけのものだって思っている。きっとあなたも私のことを特別に想ってくれているはず。
 あなたに何があっても、私は表の顔だけ見せて、優しくあなたを照らすわ。たとえ姿を見せられない日があったとしても、見せられないだけで、ずっと傍にいるのよ。
 だからこれからもずっと隣にいてね。私もずっとあなたの隣にいるわ。
 ほら、顔を上げて。今日もここにいるから。ずっと隣で見守っている。


『ずっと隣で』

3/12/2024, 11:03:50 PM

 気になることがあったから「どうして?」と何でもすぐに聞いていたらやめるようにと怒られた。
 それも「どうして?」と思ったけど、仕方ないから気になったことや興味を持ったことは何でも自分で調べるようになった。
 多くのことを調べ、突き詰めていくうちに、自分の好きな分野でトップを走るようになっていた。
 周りからは「才能」だと言われ「おまえはいいよな」と羨ましがられた。
 ただ僕は「もっと知りたい」と思っただけだ。それだけなのに、周りに厭われ、妬まれた。
 知的好奇心を抱くことは罪なのだろうか。たとえそうだとしても、僕はきっとこの思いを抑えられないし、抑えるつもりもない。地獄に落とされようが僕は答えを求め続ける。


『もっと知りたい』

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