川柳えむ

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3/1/2024, 10:30:48 PM

「君って好きな人いる?」
 人が少しずつ捌けていく放課後の教室、彼女の隣の席に勝手に座って、そう声を掛けてみた。
 俺を怪訝そうに見ていた彼女が、途端に顔を薄い紅色に染める。
「あなたには関係ないでしょう?」
「誰か当ててみようか」
 彼女のそんな返答など気にせず、笑ってその名を言ってやる。
「五組の坂崎君」
 彼女は焦って俺を見る。
 その顔はいよいよ真っ赤になって、声を荒らげた。
「ど、どうして……!!」
「あー、マジで当たっちゃった?」
「――~……っ!」
 からかう俺が嫌なのか、無言でひたすら鞄に荷物を詰めている。
「でもさー趣味悪いよねぇ。坂崎君ってさ、噂によると何股もしてるっていうじゃない? 君もそのうちの一人になりたいわけ?」
 刺激するように続ける。
 彼女がこちらを向いた。
「変なこと言わないでよ! あなたがあの人の何を知っているっていうの!?」
「君よりは知っているつもりだけどな。男の間では有名だけど? 女の間ではどう王子様に映ってるか知らないけどさ」
「もういい! 私、もう帰るんだから!」
 鞄を持ち上げ教室の扉へと向かおうとする彼女の腕を、掴んだ。
「何……!?」
 怒った様子で振り向く彼女の唇を、出し抜けに塞ぐ。
 ――間。
「……なっ、何するの!?」
「君は、そいつと付き合いたいの? 付き合って何をしたいの? こういうことがしたいの?」
 いつの間にか二人きりの教室で、静かに彼女を抱き寄せた。
「――…………っ!!!! ……っ!!」
 彼女の抗議の声も耳の奥まで届かない。
 ただ、俺の呪縛を必死に振り解こうとする、その表情から伝わってくる。

 そう、それでいい。
 ――あぁ、その君の嫌そうな瞳。
 もっとずっと近くで見ていたいんだ。


『欲望』

2/29/2024, 10:31:47 AM

 逃げ出した。
 きっと疲れていたんだ。
 いつも通り出勤していた。なのに、会社の最寄駅に着いたっていうのに、足が動かないんだ。
「いきたくない」
 そのまま、電車のドアは閉まり、こんな自分を乗せたまま進んでいく。
 ……どこに行くんだろう?
 どうしよう。今引き返せばまだ間に合う。でも、体が、心が、行きたくないと言っている。
 なら、もういいや。このまま、行けるところまで行ってやろう。電車に乗って、どこまでも。
 こうして、初めて無断欠勤をしてしまった。
 窓の外の景色は、都会から少し田舎へと姿を変えていく。
 終点まで来て、僕は電車を降りた。
 さっきからスマホが鳴りっぱなしだ。スマホの電源を切ると、辺りを散策してみることにした。
 個人経営だろう店が駅前にぽつんとある。しかし、まだ開店していない。他の店は見当たらないし、少し先は閑静な住宅街といったところか。どうしようかな。
 適当に少し歩くと、見たことないローカル線が走っていた。
 今度はそれに乗って、行けるところまで行ってみることにした。こんな行き当たりばったりの旅も楽しいね。
 列車に乗って、どこまでも。僕の心が晴れるまで。


『列車に乗って』

2/28/2024, 10:32:48 PM

 会社へ向かう電車に揺られる。たくさんの人にぎゅうぎゅうと押し潰される。息苦しさを感じながら窓の外へと目をやる。流れる景色を見ながら「なんでこんなことをやっているんだろう」と、ふと思う。
 遠くの建物を見て、あれが何の為の建物なのか想像してみる。答えはわからないけど。
 あれは何だろう。近くで見てみたいな。それよりも、もっと遠くへ行ってみたい。この窓の外よりもっと向こうへ。もっと遠くへ。
 会社の最寄駅に着いても、このまま乗り続けていたとしたら、一体どこへ行けるんだろうか。そういえば、試してみたことはなかった。
 たまにネットで綺麗な風景写真を見ては、行ってみたいなぁなどと思ってみたりもするが、実際に行ったことはない。結局、一歩踏み出す勇気がないのだ。
 大人になって、自分で稼いで、行動範囲も広がって。行こうと思えばどこへでも行けるはずなのに。子供の頃の方がずっと自由にどこへだって行けた。その事実が、無性に悲しくなった。
 そして、決めた。
 気付けば会社の最寄駅。すぐさまスマホを操作し始めた。
 この間ネットで見たあの街へ、今度こそ行こう。次の休みに行こう。泊まりたいと思っていたホテルに泊まろう。
 自由って、踏み出してしまえば、こんなに簡単なものだったんだと気付いた。
 早速予約を終えると、軽くなった心で会社へ向かった。


『遠くの街へ』

2/27/2024, 10:49:06 PM

 いつものように朝を迎えて、出勤の為、アパートの部屋の扉を急いで開けた俺の目の前に、それはそれは美しい妖精が現れた。
 そんなことが現実に起き得るわけがない。もしかして未だ夢の中にいるのかと、頬を抓ってみたが……痛い。
 突然の出来事に、何が起こったか把握するまで五分ほど。阿呆のように妖精を見つめていると、妖精が口を開いた。
「いつもお仕事にお疲れのあなた。そんながんばっているあなたに、ご褒美として私の国へ連れていってあげましょう」
 次の瞬間、辺りが光に包まれ、気付けば見たこともない場所にいた。そこは色とりどりの花が咲き乱れ、この世の物とは思えない美しさだった。
 先程の妖精に導かれ、俺は美しい宮殿へとやって来た。
 宮殿では、食べたこともない変わった、けれども、頬が落ちそうになるくらい美味しい食事を食べさせて貰い、美しい妖精達の見事なダンスまで見せてもらった。
 ふと腕時計を見てみれば、あれから二時間以上も経っている。
「そろそろ帰らなければ。今日も仕事があるんです」
 妖精達は寂しそうな顔をして「もう少しだけ待ってください」と私に告げ、どこかへと行ってしまった。
 そのまま待つこと十分ほど。
「これは私達からのプレゼントです。どうぞ受け取ってください」
 浦島太郎であれば、この箱を開くと老人になってしまう。開けてしまって良いものか。五分ほど悩んでいたが、意を決してその箱を開いた。すると、この世界に来た時と同じように眩い光に包まれ、気付けば自分の部屋に戻ってきていた。
 急いで仕事に向かわなければ!
 家を飛び出し駅へと向かっていると、なんだか周りの視線が痛い。駅のトイレへ駆け込み鏡を見ると、なんと、私は王子様のようなタキシードを身に纏っていたのだった。
 もしかしてプレゼントというのは家に帰してくれることではなく、このタキシードのことだったのかこれが……そんなことを考えながら、慌てて家にとんぼ帰りをし、スーツに着替え、また駅に向かうのに三十分。
 ようやく、会社へと向かう電車に乗り込むことが出来たのだった……。

 ――とかいう出来事が、この三時間近い遅刻の言い訳にならねーかなー。なるわけねーよなー。現実逃避の単なる妄想だしなー。マジでこんな風に誰かご褒美くんねーかなー。
 知ってる知ってる。現実は甘くない。


『現実逃避』

2/26/2024, 10:37:26 PM

 君は今どうしているだろうか。
 美味しい物を食べている? 外を駆け回っている? ひなたぼっこをしながら眠っている? それとも――?
 そこはきっとお日様が近いだろうから、ひなたぼっこするには最適だろうな。駆け回るにはふわふわしていて、やりにくいのかも。
 君と離れてしまってもう随分と経つ。
 最初は夢に遊びに来てくれていたのに、もうすっかり姿を見せなくなってしまったね。
 もしかして、もうそっちにはいないのかな?
 だとしたら、またどこかで逢いたい。いつか新しい姿の君と出逢って、笑い合いたい。
 でも今は、君がどこでもいいから、幸せでいてくれるならそれでいい。それだけを願っている。


『君は今』

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