川柳えむ

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「君って好きな人いる?」
 人が少しずつ捌けていく放課後の教室、彼女の隣の席に勝手に座って、そう声を掛けてみた。
 俺を怪訝そうに見ていた彼女が、途端に顔を薄い紅色に染める。
「あなたには関係ないでしょう?」
「誰か当ててみようか」
 彼女のそんな返答など気にせず、笑ってその名を言ってやる。
「五組の坂崎君」
 彼女は焦って俺を見る。
 その顔はいよいよ真っ赤になって、声を荒らげた。
「ど、どうして……!!」
「あー、マジで当たっちゃった?」
「――~……っ!」
 からかう俺が嫌なのか、無言でひたすら鞄に荷物を詰めている。
「でもさー趣味悪いよねぇ。坂崎君ってさ、噂によると何股もしてるっていうじゃない? 君もそのうちの一人になりたいわけ?」
 刺激するように続ける。
 彼女がこちらを向いた。
「変なこと言わないでよ! あなたがあの人の何を知っているっていうの!?」
「君よりは知っているつもりだけどな。男の間では有名だけど? 女の間ではどう王子様に映ってるか知らないけどさ」
「もういい! 私、もう帰るんだから!」
 鞄を持ち上げ教室の扉へと向かおうとする彼女の腕を、掴んだ。
「何……!?」
 怒った様子で振り向く彼女の唇を、出し抜けに塞ぐ。
 ――間。
「……なっ、何するの!?」
「君は、そいつと付き合いたいの? 付き合って何をしたいの? こういうことがしたいの?」
 いつの間にか二人きりの教室で、静かに彼女を抱き寄せた。
「――…………っ!!!! ……っ!!」
 彼女の抗議の声も耳の奥まで届かない。
 ただ、俺の呪縛を必死に振り解こうとする、その表情から伝わってくる。

 そう、それでいい。
 ――あぁ、その君の嫌そうな瞳。
 もっとずっと近くで見ていたいんだ。


『欲望』

3/1/2024, 10:30:48 PM