君は今どうしているだろうか。
美味しい物を食べている? 外を駆け回っている? ひなたぼっこをしながら眠っている? それとも――?
そこはきっとお日様が近いだろうから、ひなたぼっこするには最適だろうな。駆け回るにはふわふわしていて、やりにくいのかも。
君と離れてしまってもう随分と経つ。
最初は夢に遊びに来てくれていたのに、もうすっかり姿を見せなくなってしまったね。
もしかして、もうそっちにはいないのかな?
だとしたら、またどこかで逢いたい。いつか新しい姿の君と出逢って、笑い合いたい。
でも今は、君がどこでもいいから、幸せでいてくれるならそれでいい。それだけを願っている。
『君は今』
「こんなに話が通じない人だとは思わなかった」
彼女が俺を睨む。
俺は何も言わずに彼女のことをじっと見つめる。
「あなたなんて嫌いよ!」
カフェのテラス席から立ち上がると、彼女はバッグを持ってそのまま行ってしまった。
しばらくぼーっとしてから、支払いを終えると、俺も立ち上がる。
物憂げな空は何か言いたそうにこちらを見下ろしている。
そんな表情で見られても。
誰にだって一つや二つ、どうしたって譲れないものがある。だから、仕方ないのだ。
今回のことは、俺も君も譲れなかった。ただそれだけのこと。
わかっている。それは、きっと君も。別々の人間だからこそ、それぞれ存在していて、一緒にいられるのだから。
そのうち空は音を立てて泣き出して、俺は近くの店の軒下に駆け込んだ。
「まだ帰ってこないつもり?」
突然の声に顔を上げると、彼女が傘を差して立っていた。
俺もその傘の中に入ると、二人で歩き出す。二人の家に向かって。
「でもたけのこは譲れないから」
「知ってる。俺もきのこは譲れない」
春の雨は暖かく、まるで俺達を包み込むようだった。
『物憂げな空』
初めて会った君は私にしがみ付き、愛嬌を振りまいて「にゃー」と鳴いた。
野良猫が子供を産んで里親を探していると、親戚伝いに聞いた。少し前に先代の猫を亡くしていて、縁があれば新しい子を迎えたいと丁度思っていたところだった。
早速家族みんなで出向き、子猫達に会ってみる。
どの子もかわいかったが、その中で一匹、まるで私を待っていたかのように飛び付いてきた猫がいた。
その猫は私にしがみ付くと、愛嬌たっぷりに「にゃー」と鳴いた。
もうその時点でその子しか考えられなかった。
でも一度持ち帰って話し合おうと、その日は帰ることになった。
その子は「にゃー!」とケージごしに大きな声で鳴いた。まるで「行かないで」と言っているようだった。
次に出向いた時、当然その子を引き取った。
我が家に着いたその子は、まるでこの家が元々自分のものだったかのように、家の物で遊び、疲れたらすぐ眠っていた。こんなに緊張も不安もない様子で家に来た猫は初めてだった。
私は、この小さな命を、絶対大切にしようと。幸せにしようと心に固く誓った。
そして現在。
「おまえなんか嫌いだー」
何故かわからないけど急にブチギレモードに入った猫に引っかかれた。
外に出さなかったから? 君が入っていた布団に横から入ろうとしたから? 単純に虫の居所が悪かっただけ?
さっきまでスリスリと足に纏わり付いてきた猫と同一人物ならぬ同一猫物と同じとは到底思えないような見事な手のひら返しだよ!
と思えば、また可愛い声で鳴いては擦り寄ってくる。なんだこいつ。
膝の上に乗ってきたんですけど! 胸の上まで来たんですけど!
なんだこいつ。くそっ。かっ……
「かわいー! うちの猫かわいー!!」
こうしてこの小さな子に今日も振り回されている。しょうがないよね。
結局この子が愛しくて何よりも大切なんです。
『小さな命』
あなたは世界を愛していた。人を愛していた。
自分を犠牲にしても誰かの為にできることをする。
本人曰く、みんなが喜んでくれることが自分の喜びだと。一度、無理をしないよう言ってみたが、無理なんてしていないと。それに、誰かの為じゃなく、自分がしたいからしているだけだと、心からそう言っていた。
そんなあなたが死んでしまった。悪い人間の餌食にされて。ずっと心配だった。あなただけが損をして、酷い目に遭いやしないかと。そして、それが現実になってしまった。
あなたは世界を愛していたけど、私はあなたが犠牲になる世界が嫌いだった。この世界を滅ぼしたいとすら思っていた。
あなたが夢に出てきた。
いつも通りに笑っていた。いつも通りに笑って、いつも通りに誰かを助けていた。
わかっていた。
あなたはきっと自分の選択を後悔していないことを。そして、私がこの世界を恨むのを望まないことも。
あなたは世界を愛していた。
だから、私は愛するあなたが愛していた世界を愛することに決めた。
『Love you』
あなたに憧れていた。みんなの中心で輝く、まるで太陽のようなあなたに。
あなたは所謂陽キャ。明るくて面白い、それでいて誰にでも親切。対して私は陰キャ。クラスの隅にいるような、小さく縮こまって、周りに怯えている人間だ。
あなたは太陽だから、遠くから見ているだけでいい。それだけで良かった。
何を間違えてしまったのか。
たまたま二人きりになった教室。その時も親切にしてもらえた私は、思わず言ってしまったんだ。「好き」と。
元から手に入るなんて思っていなかった。太陽は空高く、みんなを平等に照らしているものだから。
あなたはにっこりと笑った。
忘れていた。
太陽に近付き過ぎてはいけない、蝋で固めた翼が溶けて落ちてしまうから。そんな神話があったということ。
憧れは憧れのままでいた方がいいこともあるって、今までの経験からも知っていたのに。
『太陽のような』