「こんなに話が通じない人だとは思わなかった」
彼女が俺を睨む。
俺は何も言わずに彼女のことをじっと見つめる。
「あなたなんて嫌いよ!」
カフェのテラス席から立ち上がると、彼女はバッグを持ってそのまま行ってしまった。
しばらくぼーっとしてから、支払いを終えると、俺も立ち上がる。
物憂げな空は何か言いたそうにこちらを見下ろしている。
そんな表情で見られても。
誰にだって一つや二つ、どうしたって譲れないものがある。だから、仕方ないのだ。
今回のことは、俺も君も譲れなかった。ただそれだけのこと。
わかっている。それは、きっと君も。別々の人間だからこそ、それぞれ存在していて、一緒にいられるのだから。
そのうち空は音を立てて泣き出して、俺は近くの店の軒下に駆け込んだ。
「まだ帰ってこないつもり?」
突然の声に顔を上げると、彼女が傘を差して立っていた。
俺もその傘の中に入ると、二人で歩き出す。二人の家に向かって。
「でもたけのこは譲れないから」
「知ってる。俺もきのこは譲れない」
春の雨は暖かく、まるで俺達を包み込むようだった。
『物憂げな空』
2/25/2024, 10:36:06 PM