川柳えむ

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1/19/2024, 12:58:50 AM

 表紙から裏表紙まで真っ黒な日記があった。
 中のページは白いが、書かれている内容は真っ黒――闇だった。
 その日あった出来事、そして、「今日もあいつはああだった」「どうしてこれすらダメなのか」「ふざけるな」「許せない」……そんなことばかりが書かれていた。

 久しぶりにその日記を見つけた。
「そういやこんなの書いてたなぁ」と感慨深い気持ちにすらなった。
 あの時の私は病んでいて、この黒い日記に書き殴ることで精神を保っていた。暫くして限界を迎え、少し休むことになり、今はこうして落ち着いている。
 ここに至るまでは大変な道程だったが、今なら「いろいろあったなぁ」と、まるで他人事のように思うことができる。
 もう大丈夫。日記は閉ざされ、二度と開かれることはない。
 燃えるゴミの袋に投げ入れると、口をきゅっと絞めた。


『閉ざされた日記』

1/17/2024, 10:40:43 PM

 木枯らしが吹き始めた。
 細く枯れ細った老いた木は、そろそろ自分の終わりを感じた。
 それなりに生きて長くこの景色を見てきたし、満足していた。それと同時に、やはり寂しくも思った。
 びゅうびゅうと風は容赦なく吹き付ける。
 枝がもげ、宙に舞った。
 その様子を見て、ああやって空を飛べるなら、いろんな景色を見られるのかもしれないと、少し慰めされたような気持ちになった。
 風はいよいよ勢いを増し、木を根元から攫っていった。


『木枯らし』

1/17/2024, 6:43:05 AM

 醜い世界があった。
 誰かが流した血の上にその世界はあった。聖女という存在が、世界に平和をもたらした。自らの命を犠牲にして。
 それが当たり前だと言われても、許せなかった。彼女の犠牲を当たり前に享受する人々が、国が、世界が、許せなかった。

 だから一人誓った。世界への復讐を。
 剣を振るい、相手の首を跳ねた。
 彼女を死地へと向かわせた奴らへの復讐を果たした。国まるごと敵に回したが、憎しみだけで生き残った。
 静まり返った真紅に染まる世界は、美しいとさえ思えた。
 座り込み、少し休む。そして、平和について考えてみた。でも、すぐに頭を左右に振った。考えたってどうしようもない。彼女のいない世界なんてもう終わっているのだから。平和なんて、ない。

「何これ……」

 誰もいないと思っていた世界に、突然美しい声が降り注いだ。
 信じられない出来事に、ゆっくりと振り返る。

「……なんで…………」

 掠れた声が思わず漏れる。
 そこには彼女がいた。失ったはずの、大切な人。
 幻だろうか。それとも、本当は自分も死んでいたのだろうか。
 でも、これが現実かどうかなんて関係ない。ここに彼女がいる。それだけが事実として存在している。
 本当は駆け寄って抱き締めたいが、この血に塗れた手で彼女を穢すわけにはいかなかった。
 代わりに問いかける。

「死んだはずじゃ……」
「私は死んでない。魔族の残党に狙われないよう、死んだことにしてもらってたの。でも、また違う魔王が現れるってお告げがあって、それを伝えに来たの。ねぇ、何があったの?」

 彼女の目が真っ直ぐにこちらを見つめる。
 世界は彼女を見殺しにしていなかった。
 何も言えずにいる自分を見て、何かを察したのか、彼女は悲しそうに微笑んだ。

「ごめんね。何も言わずにいなくなって」
 彼女の体が光り始める。
「ごめんね。またいなくなるけど、どうか世界を恨まないで。自分を恨まないで」

 聞いたことがあった。聖女は自分の魂と引き換えに人々を生き返らせる力があると。
 彼女がもたらしたはずの平和を、自分が壊した。そして彼女を犠牲にしなければならなくなったのも自分のせいだ。それなら、魔王は自分だった。

「頼む! 犠牲にならないでくれ! 俺の命ならどう使ってもいいから、お前は生きてくれ! 死なないでくれ!」
 祈るように叫ぶ。
「愛してるんだ!」

 彼女はこちらを見て、微笑んだ。

 世界が光に包まれた。
 人々に命が吹き込まれ、萎れた植物すらも花を開かせた。
 その光景は、とても美しかった。
 美しい世界で、卑しくも君の死に悲しむ自分だけが醜かった。


『美しい』

1/16/2024, 2:29:44 AM

 この世界は狂っている。

 この世界には聖女がいた。そしてその聖女の命を犠牲にすることで、平和を手に入れた。
 この世界は彼女の命の上に成り立っている。
 みんなの為に誰かを犠牲にして。それを当たり前かのように受け入れて、忘れて、過ごしている。

 それが許せなかった。

 だから、犠牲になることを強いた王国に復讐を。
 兵の静止を振り切って、城に乗り込んで、王の首を跳ねた。
 辺り一面が赤く染まる程、たくさんの血が流れた。

 この世界は狂っている。醜く穢れている。君がいないこの世界になんて価値はない。
 君を殺した、この世界に復讐を。


『この世界は』

1/14/2024, 10:53:08 PM

 どうして君が死ななくちゃいけなかったのか。

 この世界は、人間が棲まう人間界と、魔族が棲まう魔界に分かれていた。
 魔界には人間界を侵略しようとする悪しき魔王がいた。そして、人間界にはその脅威から人間界を守る力を持つ聖女がいた。
 魔王と聖女は同時期に現れ、自分の役目を終えれば消える。そう言い伝えられていた。

 ここ何百年は平和だった。
 しかし、魔王が世界に現れたことが分かり、人間界に激震が走った。
 一番大きな国の偉い王様がお触れを出し、早速聖女探しが始まった。まさかずっと一緒にいた君が聖女なんて思いもしなかった。
 聖女だと分かってすぐに君は魔界へと向かった。みんなの願い通り人間界を救い、そして、死んだ。

 聖女なんて体の良い生贄だ。そんなことにも気付けなかった。人間界を救うなんて格好良い役目だと素直に羨ましがった。
 どうして君が死ななくちゃいけなかったのか。
 世界に平和がもたらされた? 君はいないのに?
 聖女なんて関係ない。世界なんてどうでもいい。君がいなければ、この世界に意味はない。
 君の犠牲の上に成り立つ、この世界が憎い。

 剣を携え、城へ向かった。


『どうして』

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