私には心がない。
なぜなら、そういったチップが埋め込まれていないから。
「できた!」
博士の最高傑作となるであろうアンドロイドがとうとう完成した。
「おめでとうございます」
得意そうな顔をした博士に拍手を送る。
最新型のそれには、旧型の私とは違い、高性能な感情チップが埋め込まれている。周りの人間の空気を読み、正確な感情を表現するようにできている。
「おまえも、手伝ってくれてありがとう」
博士が私の頭をぽんぽんと撫でる。
――博士が喜ぶと嬉しく感じるこの気持ちも、最新型に構うのを見て寂しく感じるこの気持ちも、私の心は存在しないはずの偽物だから。ならば、感情とは、心とは、一体どんなものだろうか。
ある日、博士が倒れた。どう見ても働き過ぎだった。そして、そのまま還らぬ人となった。
――どうして。心配して何度も休むように言っていたのに。もっと強引に止めれば良かった。
どれだけ後悔してももう遅い。博士はもういない。
最新型のアンドロイドは、博士の「大丈夫」という言葉を信じてずっとサポートしていた。感情チップがある分、あの子はきっと私よりもずっと悲しいんでいる。
二人だけになった家。様子を窺う為に、あの子に与えられた部屋を訪ねた。
「何でしょうか?」
何事もなかったかのように、その子は言った。
「えっ……博士が亡くなって、大丈夫かと心配で……」
「私達が動作する為のバッテリーはあと数十年交換する必要はありません。現在まだ電気も通っているので、充電も問題ありません。しかし人間がいなくなり、私達がここに存在する意味がなくなってしまいました。今後の行動を早急に考える必要があります」
「そういうことじゃなくて――悲しくないの?」
「現在、人間はいません。悲しむ必要はありません」
博士が亡くなった時、この子はそれは悲しそうに泣いていた。私には泣く機能もないから、ただ淡々と、必要な手続きをこなすことしかできなかった。悲しく思う気持ちを押し込めて。
――泣けるのなら。私も思いきり泣きたかった。逝かないでと叫びたかった。今でも、博士のことを考えると、自然と出もしないはずの涙が零れそうになる。
ねぇ、博士。あなたの望んだ感情チップは、アンドロイドは、このようなものでしたか?
私に存在しない『心』を持つはずのアンドロイド。本当にこれは『心』だったんですか? それならば、私に芽生えたこの感情のような物は、一体何ですか? この子の人前で感情を表現できる『心』と、私のこの胸の奥に感じる『心』。一体どちらが本当の『心』でしょうか?
『心と心』
「もしかして怒ってる?」
――別に怒ってないし。
そう呟きながら、そっぽを向いたまま、目を合わせようとはしない。なんとなく合わせたくないだけ。
別に、私以外の女にちょっかいかけてたって怒らないし。嫉妬なんかしてない。
「かわいいなぁ」
そう言いながら、頭を撫でてくる。
やめてよ、そうやって機嫌を取ろうとするの。
私のことはほっといて。あの女と遊べばいいじゃない。
「ねぇ、もしかして嫉妬してくれてる?」
違う。嫉妬じゃない。他の女が私の城を土足で踏みにじっていく感じが嫌なだけ。
「誤解だよ。ちょっと遊びに来ただけだって。友達がさ……」
そうやって言い訳を並べるあなたに、だんだんと腹の底から怒りが湧いてくる。
だって、誤解じゃないじゃない。実際、その女を家に上げてたよね? 遊びに来てただけって、私がいるのに他の女を上げるなんて。
……なんて、何でもないフリしながら、結局そうやって怒ってしまう私が、だんだんと醜く思えてくる。「かわいい」って言ってくれるけど、本当はこんなにかわいくない。だから浮気されちゃうのかな。
「どうしたら機嫌を直してくれるかな……」
家の中を見渡して、私が興味を引きそうな物を必死で探している。
許してあげた方が、可愛げあるかな? でも、やっぱり簡単には許せない。何を出されたって騙されないんだから。
「おもちゃは――ダメかぁ。じゃあ、ちゅーる! ちゅーるあげるから!」
そんな物出されたって……許さないからぁ!
――ちゅーる美味しい!
『何でもないフリ』
数人だけの小さな組織で、大切な仲間達を手に入れた。
俺達は、みんな何かの事情を抱いてここにいる。だから、お互いを信じられないことがあったって仕方がない。それなのに。仲間はみんな気さくに話し掛けてくれる。ここを心地良い空間にしてくれる。
――もし俺の正体を知ってしまったら。
この組織の本当のトップは俺で、その真の目的を仲間達が知ってしまったら。みんな、俺から離れていってしまうだろうか。
……いや、もしかしたら、あいつらならついてきてくれるのかもしれない。
でも、離れていってしまう可能性の方が、当然高い。だから、何も伝えない。
たとえ仲間達がいつか離れてしまっても。この目的と仲間を天秤に掛けなければならない日が来たとしても。
この目的を達成する為に、俺は動く。俺はこの目的を見失ってはいけないのだから。
『仲間』
子供の頃はよく一緒に遊んでいて、手を繋ぐことも日常的なものだった。私はあなたが好きだったし、一緒にいて楽しかった。
大きくなるにつれ、やるべきことがだんだんとわかって、私達の関係は昔のように純粋なものじゃなく、お互いたくさんの物を背負った重い物に変わってしまった。
久しぶりにちゃんと向き合ったパーティーで、そっと手を引かれ、二人でこっそりバルコニーに出た。
「踊ろう」
そう言うあなたの手をぎゅっと握る。
流れてくる音楽に合わせ、あなたの動きに身を任せ、踊る。
久しぶりに繋いだ手から温もりを感じる。楽しい時間が過ぎていく。
二人手を繋いで、そして――
バルコニーから、私は宙を舞った。
繋いだ手が離れた。
『手を繋いで』
「ありがとう」「ごめんね」
その言葉で思い出すのは、数年前に亡くなった祖母のことだった。
いつも感謝の気持ちを忘れない。穏やかで優しい祖母。何かをしてもらうたびに「ごめんね」と言う。祖母の「ごめんね」は「ありがとう」だった。
その祖母とのことをいろいろ書こうと思ったし、実際途中まで書いたんだけど、書いてるうちに温かい気持ちと同時に寂しい気持ちが襲ってきたので、やめた。
大好きな祖母のことは、ずっと忘れない。そして祖母の、他人への感謝の気持ちを忘れない心を、忘れない。
おばあちゃん。「ありがとう」
『ありがとう、ごめんね』