お題『靴紐』
(一次創作)
俺の靴は優秀だ。特に今履いているスニーカーはピカイチで、一度も紐が解けたことがない。そのおかげだろうか、悪いことが一度も起こったことがない。
むしろ、いいことづくめだ。今の彼女に出会ったのも、今の仕事に就けたのも、仕事の合間に書いた小説が新人賞を取れたのも——
なので、俺はこの靴を大事に大事に履いているつもりだった。
しかし、別れとは突然訪れるもので。ある日何の前触れもなく靴紐が切れた。
彼女が二股をかけていて、しかも本命はあっちだった。会社は倒産したし、小説には盗作疑惑が持ち上がった。
まったくもって散々だ!俺はもうスニーカーなんて信じないぞ!!
お題『ひとりきり』
(一次創作)
森の奥にひっそりと住んでいる。
街の人たちが俺のことを世捨て人とか化け物と呼んでいるのを聞いたことがあった。
少なからず傷ついた。
俺は、もっと森の奥深くに逃げ込んだ。
だけど自給自足の生活は大変で、月に一度くらいは街に行かなくては立ち行かない。
森で採った木の実や、肉を得るために捕まえた動物の革を売ったりして野菜や果物、石鹸などの衛生用品など。
……それと、本。
そうしてまた森の奥に引き篭もる。
俺は今日もひとりきり。
ひとりきり、本の世界に飛び込んだ。
お題『雨と君』
(一次創作『この夏、君と忘れない』優斗のターン〜エピローグ〜)
緊張の中、永遠の愛を誓い合う。
——俺が2位という結果を残してから丁度10年目となる今日の、まさしく今。俺と夏菜子は結婚式を上げたばかりだ。
式場のチャペルを出ると雨が降り始めた。
何もこんな日に……と思っていると、夏菜子が嬉しそうにはにかんだ。
「知ってる? 結婚式の雨って、『幸せが降り込む』って言って縁起物なの。私、今までだって優斗に大事にしてもらって幸せだったけど、もっと幸せになっちゃう」
夏菜子はそう言ってブーケに顔を埋めた。
俺がいるだけで幸せそうにする夏菜子。だけど——
「知ってる? 俺こそ夏菜子に幸せにしてもらってるって。だから、これからもよろしく」
顔を見合わせて、ふたりで笑い合っていると、外野が騒ぎ出した。
「幸せを噛み締めているところ申し訳ないんだけど、そろそろ披露宴のお時間でーす!」
相変わらずうるさいな、中村は。
「分かってる分かってる!!」
そういう中村は、ちゃっかり内藤さんのところに婿入りしていた。
だから正確には、内藤正人、ということになる。でも昔から呼び慣れてるからいまだに旧姓で呼んでいる。
その中村が、披露宴のスピーチでとんでもないことを言い出した。
「えー、本日は『幸せの降り込む雨模様』ということで、お日柄がいいですね。中山、そして夏菜子様、心よりお慶び申し上げます」
中村がこんなに気の利いたことを言えるとは思えないので、原稿は内藤由香里さん作なんだろうなー、と思いながら聞いていた。
「中山とは高校以来の付き合いですが、彼を陸上に引っ張り込んだのは何を隠そうこの俺です。なので中山は俺にもっと感謝すべきだ!」
うーん、これはもっともかもしれない。
「そこであの一世一代の告白劇。いやー、俺は感動しましたね」
あの告白に後悔はないけど、こうして改めて言われるとなんだか照れるな。
「そしてそのときの映像が、なぁんとここにあります」
…………え?
「皆さん、見たいですか?」
すると会場から拍手が巻き起こった。
そうして再生された映像の中で俺は小っ恥ずかしい告白をし、夏菜子からオッケーの予約をもらった。
な、ななな、なんで!?
俺と夏菜子が口をハクハクさせていると、中村と野上が互いに親指を立てて見せていた。
——野上、あんのヤロー!
「いやー、俺が負傷したおかげでアンカーを走れたんですから、中山先輩は俺にももっと感謝してもいい」
すると夏菜子が呟いた。
「野上くんが負傷……優斗がアンカー……?」
あ、そうだ。夏菜子にはまだ話してなかった。10年の月日を経て、ようやく真相を夏菜子に告白した。
「……あー、俺、実は補欠選手だったんだ」
すると。
「え! あんなにカッコいい補欠っている!?」
え? むしろ喜んでる?
キョドる俺、満面の笑みの夏菜子。
からかいたかったはずの中村がわざとらしく頬を膨らませた。
「あー、はいはい。末永く爆発してろ!
これを締の言葉としたいと思います」
この告白劇は、子どもが生まれたその後も、長く長く語り草となることを、このときの俺たちは知らなかった。
お題『言い出せなかった「 」』
(一次創作『この夏、君と忘れない』夏菜子のターン)
生まれたときからの恋人という噂が流れてからは大変だった。
優斗まで辿り着くのは簡単なことで、高山一校の陸上部というところまですぐに特定された。
「夏菜子、週末の陸上の大会って、もしかして記録会のこと?」
芳佳に聞かれて
「うん、そうだけど……何か?」
と間の抜けた言葉を返してしまった。
「大会と記録会じゃちょっと違うのよー」
それから大会が試合であることと、記録会は個人目標や自己ベスト更新などを目的としたものであることを初めて知る。
「自己ベストの更新……」
私は息を呑んだ。
それは、優斗の本気の走りを目の当たりにできることを意味している。つまり、あの足が速かった優斗の今の走りを、しかも最高の走りが見れるということ。
嬉しくて、頭が沸騰しそうになった。
試合……もとい、記録会前日の放課後、音楽室からうちの学校に似つかわしくない音楽が溢れてきた。
確か昔のバンド……名前は忘れたけど、曲名はランナーだったと思う。
『すごくパンチの効いた音楽だけど、学祭で演奏するのかな?』
などと、ふんわり思っていた。
記録会当日。
私が陸上競技場に着くと、リレーのアンカー側のシートが芹沢学院の生徒で埋め尽くされていた。ほぼ女子で、男子は彼氏持ちの子が連れてきている程度。
そしてなぜか末廣の奴が私の前に立ちはだかった。
「俺は高山一校なんて野蛮な学校に負ける気はない」
私に変なことをしようとした、という噂が流れていることを知らないらしい。芳佳と聡子が間に割って入ってくれたので、私はそれに甘えることにしてそっぽを向いた。
そうこうしているうにち、ピポ〜、というオーボエの音が聞こえてきた。音源に目を向けるとブラスバンド部が何故かいて、それぞれチューニングを始めたところだった。
係員から再三注意を受けながらも小さな音(それでもかなり響く)でランナーの練習をしていたけれど、ついに
「楽器を鳴らすようであれば芹沢学院の生徒全員退出してもらう」
と最後通牒をつきつけられた。
ブラスバンド部の面々は、
「ちぇーっ。同じ運動部でも高校野球みたいに応援しちゃいけないんだってー」
と不満げにぶつぶつ言いながら楽器を片付けていた。
そして、記録会が始まった。
高山一校のリレーメンバーの登場でみんな湧き立った。
「ねえ、夏菜子の彼氏って誰?」
「あ! アンカーじゃない? すごくすらっとしてて……日に焼けてる!」
日に焼けているのは夏合宿のときのもの。それは私と由香里だけが知っていればいいのだ。
そうして始まったレースはあっという間に決着がついた。
優斗はふたり抜いて堂々の2位。
私は感動して、少し泣いた。
他の子たちも圧巻のレースに興奮気味に感想を語り合っている。
ふと、優斗がこちらに小走りでやって来るのが見えた。
突然の今日のお目当ての到来にみんなが悲鳴を上げている。男子たちはおそらく自分の彼女が目移りするのを防ぐためだろう。最前列に駆け寄って行った。
そこで、まさかの、優斗の私への告白。
あまりのことに頭が回らず、思わず、
「中村くんじゃなくて、私でいいの!?」
腐女子脳が出てしまった。
そして一瞬の沈黙。
私はしまったと思ったけど後の祭り。
「だって、だって優斗って中村くんとよく一緒にいるから、妬けるくらい」
咄嗟にこの言葉が出てきたのは私にとって奇跡だった気がする。
私はずっと優斗に言い出せなかった、
「私も生まれたときから優斗のことが大好きー!!」
胸の中に溜まっていた熱くて大事な想いを思いっきり叫んだ。
お題『secret love』
(一次創作『この夏、君と忘れない』優斗のターン)
いよいよ記録会、リレーの部が始まろうとしている。この夏の成果が試される時だ。
「さーて、行くか!」
中村の掛け声のもと、競技場に出た。
そして——異様な空気を醸し出している一角に気がついた。
目をやれば芹沢学院女子の夏服の集団。一瞬間をおいて、キャー、という声援。
それに花を添えるようなピポ〜、という楽器の音の正体は……ブラスバンドだろうか? 係員に注意をされてもしばらくは聞かなかったが、コッテリ絞られたらしい。しぶしぶ楽器を置いているのが見えた。
まさか。
「なんじゃありゃ?」
横川と高橋が首を捻っている。
「す……すまん、多分、目当ては俺」
「はあっ!?」
俺の言葉に食い気味に被せてきた。
「な、なな、なんで芹沢のお嬢様たちが!」
「よぉーく聞け、横川ぁー。それはなぁ、中山のマブが芹沢学院の生徒だからだぉー」
「なんで!?」
ぽかんとしている横川の首に腕を回して、中村は悪い笑みを浮かべる。
「幼馴染みなんだって。そう言われちゃあ仕方ねぇよなー。なぁー!」
話の急ハンドルを俺に切るな。
「ん……まぁ、そういう……こと」
すると高橋が拗ね始める。
「神様は不公平だ……中山先輩には俊足のみならずかわいい恋人まで……あぁ、俺は猛烈に悲しいし羨ましい」
人の悪い笑いを浮かべたまま中村が「馬鹿ばっか言ってないで、ほら行くぞ」とふたりのケツを叩いた。
馬鹿を言い出したきっかけはお前だ。
そのツッコミは面倒くさいので腹の中に収めておいた。
「On Your Mark」
そして、ピストルの破裂音。
第一走者が一斉に走り出す。中村は3番手か。第二走者の高橋で1人抜かれたけど、これは想定の範囲内。そして第三走者、横川……おっしゃ、1人抜いた!
バトンはいよいよ、俺に渡った。
——走る、ただ勝つために——
しかしこのとき、俺は唯一の大失敗を犯していた。
結論から言うと2位だった。
おそらく多くの人が『2位でもすごい』と言うだろう。
でも、違うんだ。
「くっそ……」
俺は、俺は——誰かと走ることに意識が向いてしまい、己の走りに集中できなかったのだ。
応援に来てくれた夏菜子には、伝えたいことがあった。
伝えるべきかどうか一瞬悩んだけれど、俺の足は芹沢学院の制服の群れに向かう。
それまでキャーキャーと上がっていた歓声は、俺が向かうことで止んだ。
芹沢の男子生徒数人が威嚇するように俺の方に向かって来るのが見えたけど、もはや関係ない。
「芹沢学院2年、川崎夏菜子さん! 俺はどうしてもあなたに言いたいことがありまーす!!」
すると、あれよあれよと夏菜子が目の前に押し出されてきた。
「俺は、ずっと、あなたのことが好きでした。今回の記録会で1位になれたらお付き合いの申し入れをしたかったけど、2位止まりでした。悔しいー!!
不覚にも、涙が出てきた。ついでと言わんばかりに鼻水まで出てくる。
悔しい、悔しい、悔しいッ!!!
「だからお願いです、次の大会で優勝したら、お返事を聞かせていただけませんかー!!」
すると、「うそ」と小さな声がはっきりと聞こえてきた。
「中村くんじゃなくて、私でいいの!?」
…………。
……はい?
俺だけでなく、芹沢学院の生徒さんたちの空気も固まる。
「なんでそこで中村……?」
鼻を啜り上げながら、ぽやっと聞き返したら夏菜子は慌てたように「だって」と言う。
「だって、優斗って中村くんとよく一緒にいるから、妬けるくらい」
なぁんだ! そういうこと!!
「俺は生まれたときから夏菜子にくびったけでーす!」
すると夏菜子も、
「私も生まれたときから優斗のことが大好きー!! だから、大会で優勝するの、待ってるー!!」
こうして俺の秘めた恋は報われたのであった。
「内藤由香里さーん!」
……おい。
「俺もあなたに伝えたいことがありまーす! 初めて会った時から好きでーす!! 付き合ってくださーい!!」
中村の野郎、どさくさに紛れて何言ってんだ!?
しかし。
集団の中からぽんっと押し出されてきた内藤さんはひと言、
「まだ当分お友達でー!」
とカウンターを喰らわせていた。