にえ

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お題『secret love』
(一次創作『この夏、君と忘れない』優斗のターン)


 いよいよ記録会、リレーの部が始まろうとしている。この夏の成果が試される時だ。
「さーて、行くか!」
 中村の掛け声のもと、競技場に出た。

 そして——異様な空気を醸し出している一角に気がついた。
 目をやれば芹沢学院女子の夏服の集団。一瞬間をおいて、キャー、という声援。
 それに花を添えるようなピポ〜、という楽器の音の正体は……ブラスバンドだろうか? 係員に注意をされてもしばらくは聞かなかったが、コッテリ絞られたらしい。しぶしぶ楽器を置いているのが見えた。

 まさか。
「なんじゃありゃ?」
 横川と高橋が首を捻っている。
「す……すまん、多分、目当ては俺」
「はあっ!?」
 俺の言葉に食い気味に被せてきた。
「な、なな、なんで芹沢のお嬢様たちが!」
「よぉーく聞け、横川ぁー。それはなぁ、中山のマブが芹沢学院の生徒だからだぉー」
「なんで!?」
 ぽかんとしている横川の首に腕を回して、中村は悪い笑みを浮かべる。
「幼馴染みなんだって。そう言われちゃあ仕方ねぇよなー。なぁー!」
 話の急ハンドルを俺に切るな。
「ん……まぁ、そういう……こと」
 すると高橋が拗ね始める。
「神様は不公平だ……中山先輩には俊足のみならずかわいい恋人まで……あぁ、俺は猛烈に悲しいし羨ましい」
 人の悪い笑いを浮かべたまま中村が「馬鹿ばっか言ってないで、ほら行くぞ」とふたりのケツを叩いた。

 馬鹿を言い出したきっかけはお前だ。
 そのツッコミは面倒くさいので腹の中に収めておいた。

 「On Your Mark」
 そして、ピストルの破裂音。
 第一走者が一斉に走り出す。中村は3番手か。第二走者の高橋で1人抜かれたけど、これは想定の範囲内。そして第三走者、横川……おっしゃ、1人抜いた!
 バトンはいよいよ、俺に渡った。
 ——走る、ただ勝つために——
 しかしこのとき、俺は唯一の大失敗を犯していた。

 結論から言うと2位だった。
 おそらく多くの人が『2位でもすごい』と言うだろう。

 でも、違うんだ。
「くっそ……」
 俺は、俺は——誰かと走ることに意識が向いてしまい、己の走りに集中できなかったのだ。

 応援に来てくれた夏菜子には、伝えたいことがあった。
 伝えるべきかどうか一瞬悩んだけれど、俺の足は芹沢学院の制服の群れに向かう。
 それまでキャーキャーと上がっていた歓声は、俺が向かうことで止んだ。
 芹沢の男子生徒数人が威嚇するように俺の方に向かって来るのが見えたけど、もはや関係ない。

「芹沢学院2年、川崎夏菜子さん! 俺はどうしてもあなたに言いたいことがありまーす!!」
 すると、あれよあれよと夏菜子が目の前に押し出されてきた。
「俺は、ずっと、あなたのことが好きでした。今回の記録会で1位になれたらお付き合いの申し入れをしたかったけど、2位止まりでした。悔しいー!!
 不覚にも、涙が出てきた。ついでと言わんばかりに鼻水まで出てくる。

 悔しい、悔しい、悔しいッ!!!

「だからお願いです、次の大会で優勝したら、お返事を聞かせていただけませんかー!!」

 すると、「うそ」と小さな声がはっきりと聞こえてきた。
「中村くんじゃなくて、私でいいの!?」
 …………。
 ……はい?
 俺だけでなく、芹沢学院の生徒さんたちの空気も固まる。
「なんでそこで中村……?」
 鼻を啜り上げながら、ぽやっと聞き返したら夏菜子は慌てたように「だって」と言う。
「だって、優斗って中村くんとよく一緒にいるから、妬けるくらい」
 なぁんだ! そういうこと!!
「俺は生まれたときから夏菜子にくびったけでーす!」
 すると夏菜子も、
「私も生まれたときから優斗のことが大好きー!! だから、大会で優勝するの、待ってるー!!」

 こうして俺の秘めた恋は報われたのであった。



「内藤由香里さーん!」
 ……おい。
「俺もあなたに伝えたいことがありまーす! 初めて会った時から好きでーす!! 付き合ってくださーい!!」
 中村の野郎、どさくさに紛れて何言ってんだ!?
 しかし。
 集団の中からぽんっと押し出されてきた内藤さんはひと言、
「まだ当分お友達でー!」
とカウンターを喰らわせていた。

9/3/2025, 11:51:41 AM