にえ

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4/24/2025, 10:47:40 AM

お題『巡り逢い』

 皐月が抱っこをぐずりだした。
 両手にはスーパーで手に入れた激安食材たち。
「さっちゃん、ごめんね。もうちょっとだけあんよできるかな?」
 本当に、家まで本当に50メートルほどなのだ。頼む、歩いてください!!
 祈るような気持ちで皐月に
「ほら、あんよがじょうず! あんよがじょうず!」
と言っていた時だった。
 そこに颯爽と現れたのが、夕陽すら眩しく弾くゴールデンレトリバー。彼なのか彼女なのかはわからないけれど、その犬はお仕事中らしくハーネスをつけていた。
「わ……わぁ……わんわん!」
「さっちゃん、おっきなわんわんだねぇ……って。皐月!?」
 あろうことか皐月はその犬に駆け寄って行ったのだ。
「わんわん……おっきいねぇ……」
 その犬は皐月を無視しているかのごとく前を向いて歩いているのに、皐月はその後ろをついて歩いた。
 奇しくもうちのある方向だ。そのまま歩いていって、お願い、お願い、そのままうちの前まで行って……お願い……。
 私の願いが届いたのか、利用者さんとその犬は我が家の前までやってきた。
 しかし、今度は嫌な予感がしてきた。
「ほら、さっちゃん。おうちに入ろうか」
 すると皐月は「いーやぁぁぁ!!」と金切り声を上げる。
「わんわん! わんわん!!」
 その犬との別れを受け入れられない皐月がとうとう泣き出してしまった。
 利用者さんはまるで一部始終を知っているかのように、
「お嬢ちゃん。うちのわんわんが気に入ったかい?」
と話しかけてきた。
 真っ直ぐに前を向いたままのおじさまに、サングラスを掛けている理由が眩しい夕陽を遮るためのものではないことがうかがえる。
 その言葉に皐月は頷いて見せたが、そうなると私が間に立つより他なかった。
「さっちゃん、頷くだけじゃなくてきちんと声に出してお返事したほうがいいよ」
「うん。さっちゃん、わんわんだいすき!」
 するとそのおじさまは微笑んだ。
「そうかい、嬉しいよ。今彼女はお仕事中だけど、このあとうちの息子が散歩に出るから。そのときにいっぱい遊んでやってくれるかい?」
 皐月はぐずっていたのが嘘のような晴れ顔で「うんっ!」と元気にお返事をした。
 それ以来、散歩の途中になると彼女はうちの前で皐月を待っていてくれるようになった。

4/23/2025, 10:21:36 AM

お題「どこへ行こう」

 4月も下旬ではある。
 しかしそれにしても暑い。暑くて溶けそう。一体このお天気は何なの……もう夏なんじゃないの?
 しかし3歳の皐月には陽射しなど関係ないらしい。早くお散歩に行きたくて、黄色い帽子を自分で被って玄関のドアノブをガチャガチャしている。
「はいはい。さっちゃん。日焼け止め塗ったらお外出ようね」
 しかしもうお外に出る気満々なのか、日焼け止めを塗る時間など惜しいらしい。「キィーッ」と金切り声を上げて地団駄を踏み始めた。
 どうしたもんか。そう思っていると紫蘇ジュースを片手にお義母さんが顔を出した。
「七海さん、さっちゃん、どしたの?」
「皐月がお散歩に行きたくてたまらないらしくって。日焼け止めを塗る時間も惜しいって」
 目からほろほろ涙をこぼしている頬はぐにゃりと真っ赤に歪んでいる。
「あらー? さっちゃん、日焼け止めはイヤなの?」
 すると、「うぅー」と首を横に振る。私はお義母さんと顔を見合わせた。
「そっか、さっちゃん。日焼け止めがイヤなんじゃなかったら、何がイヤなの?」
 しゃがみ込み、皐月と目線を合わせたお義母さんに、さつきは「わんわん」と言ってドアを指差した。すると、ドアの向こうから、ワンッ、と大きな犬の鳴き声が。
「あぁ、そう。さっちゃんはワンワンに会いたかったのね」
 頷く皐月の顔に笑顔が戻ってきた。
「それじゃぁ、そうね。わんわんにとりあえずご挨拶だけしよっか」
 それからのことは、後で考えよう。日焼け止めは塗らないといけないとして。
 うーん。今日はどこへ行こうかな?

4/23/2025, 8:22:37 AM

お題『big love!』※修正しました

(登場する人物名はすべて架空です!)

 ホラー映画を観た帰りに立ち寄ったファミレスで、映画の感想そっちのけで近況について話し込む。
 まぁ、映画はふたりで出かける口実だったし、その映画は内容薄っぺらぺらで、移動時間で感想を言い合って終わった感はある。
 圭介は東京、私は大阪の大学に行ったから地元の岡山はふたつの大きな星を失って寂しかったことだろう。だから今日こうして星はお盆をいいことに戻ってきたのだ。ご先祖たちよ、感謝して。ナームー。
 まあ、それはさておくとして、圭介は東京の刺激的な生活に少し痩せているし、私は関西訛りが移りつつある口調だしで、幼なじみのふたりの距離が少し離れたようで私は少しだけ寂しく感じていた。
「そういやさー、京都に行った香澄、学生結婚したんだって」
 もしかしたら、この話が刺激になったのかもしれない。
 圭介が突然とち狂った言葉を私に投げつけてきた。
「菜緒美、好きだ! 結婚してくれ‼︎」
 私は言われた内容に思考が追いつけない。
 えーっと、待て待て。まず、圭介と私は子供の頃から家がお向かい同士の幼なじみで、幼稚園から高校まで同じ学校で、大学はそれぞれ県外に出て……。
 氷が、からん、と溶けて現実に意識が戻った。
 あ、そっか。
「圭介、さてはホームシックだな?」
 すると今度は圭介の方が長考に入る。
 その間に私は、後でこいつに水が上に層を作ってしまったアイスミルクティーの代わりをドリンクバーまで淹れに行かせよう、そう心に決めていた。
 しばらくして圭介は顔を振りながら「違う違う」と言った。
「ホームシックじゃなくて! 俺はお前シックなんだよ……」
 最後に小さく、「分かれよな」と付け足されて。
 私は、参ったな、と。

 絆されてもいいかも。

4/14/2025, 10:32:51 AM

お題『未来図』

「ふぇねす、あのね、わたし、おおきくなったらふぇねすのおねえさんになるの」
 不意打ちすぎる言葉に、俺は抱えていた本を全部落としてしまった。背表紙の固いそれらの角の直撃を受けた足の甲は何か俺に訴えかけてきたのかもしれないけれど、それに構っている余裕はない。

 だって、主様が俺の姉さんになるだなんて!
 いや、そんなの無理がありすぎる、だって俺には既に姉さんがいたわけで……。

 俺が茫然としていると、話を聞いていたらしいベリアンさんがやって来た。
「あらあら、主様。それは素敵な未来図ですね。主様やみんなのためにいつも頑張ってくれているフェネスくんのことをたまには甘やかせてあげたいのですか?」
 すると、主様は満面の笑みで頷いた。
「ふぇねすはね、あまえるのがじょうずじゃないから。だからわたしがあまやかしてあげて、それから……うふふ」
「うふふ? フフッ、その先は聞かないでおきましょうか」
 主様は、まさかそんなに優しいお心遣いができるようになっていたとは……だけど、ベリアンさんのスマートさに凹んでしまうな……うぅーん……。

1/19/2025, 1:13:27 PM

お題『ただひとりの君へ』

[主様へ

 主様、あなたのお子様は立派に成人して、今や一児の母となりました。毎日子育てに奮闘されており、旦那様とふたりで試行錯誤しながら育児をなさっています。時々俺も手伝わせていただいています。お嬢様は今の主様にそっくりでつい笑ってしまうこともあります。
 お嬢様と今の主様が容姿行動共にそっくりで、今の主様が主様と姿がそっくりということは、主様もお転婆だったのでしょうか? もしそうだったら、俺は今の主様とお嬢様を通して主様と毎日出会っているのかもしれませんね。
 主様のお子様——今の主様のことをご報告したくて筆を取ったのに、つい長くなりそうです。それではまたお手紙をお送りしますね。

ただひとりの主様へ
      フェネス・オズワルド]


 主様への手紙は何通になるだろうか。たくさん書いた気もするし、だけどまだまだ足りない気もする。手紙を主様、そして誰かが読むことはないけれど……それでも書かずにはいられない。
「主様、俺がそちらに行くのはいつになるかは分かりません」
 ロックのウイスキーを傾けながら俺はつい呟いてしまった。
 こういうとき、不老の己を恨んでしまう。でも、そういう身体を手に入れることは自分で選んだことだから。だから。
「最後まで天使と、いや、自分自身と戦ってからそちらに行きますね。って、地獄に堕ちてあなたに会えないかもしれませんが、天国の主様の幸せを願っています」
 つーっと頬に一雫、涙が伝い落ちてしまった。主様のこととなるとついこうなってしまう。だめだな、俺は幼い頃から泣き虫で、それは今でも変わらない。心も強くならないと。

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