お題『初恋の日』
主様が4歳だった、春のある日。
俺がロノから頼まれた買い物から帰宅して、部屋まで様子を見に行ったけれど、主様がいらっしゃらない。
いつもなら一緒に着いて行くと言って聞かない主様がめずらしく自分から留守番をするとおっしゃったから、これもまた成長の階段のひとつかと寂しく思った。
それでも主様が遠くに行っていないかが気になった俺は執事たちに聞いて回ることにした。
キッチンで夕食の準備に取り掛かっているロノとバスティンから始まり、ワインセラーや別邸でお茶を飲んでいたハナマルさんの燕尾まで捲ったけれど、どこにも姿が見えない。
あ、そうだ! 裏庭がまだだ。
自分のうっかり加減に、だから俺はダメなんだ……と凹みながら薔薇が香り立つ庭へと降りた。
そこには、アモンの上着を敷物にした主様が座っていて、アモンとムーと3人で何やら話し込んでいる。
詳しくは聞き取れなかったけれど、アモンが、
「この調子で頑張れば次はもっと上手くいくっすよ」
と言いながら主様の頭を撫でた。そう言われた主様は少しぐずったらしく、目を腕で擦っている。
「主様、どうしたのですか?」
近づいてしゃがみ、目線を主様に合わせたけれど、なぜか俺の方に向いてくださらない。
うぅーん、どうしよう?
俺の心の声はダダ漏れだったらしい。
「主様。フェネスさんにアレをプレゼントしたいんですよね? 今なら絶好のチャンスですよ」
そうムーから促されて、しばらくもじもじしていた主様はようやく顔を上げて俺に向き直った。
と、同時に頭に何か乗せられた。
「あ、主様? これは……?」
「えーと、えと、はなかんむり?」
主様の言葉の最後が疑問形だったのは、アモンに確認を取ったからだ。
「そうっす、花冠であってるっすよ。
フェネスさんに、いつもありがとうって伝えたかったらしいっすよ」
「でも、上手に作れなかったってしょげてしまって……」
これは、ムーの解説。
だけど俺は、主様が俺のことを思って花冠を編んでくださったことに感激していた。
「主様、俺なんかにこんなに素敵な贈り物、もったいないです! 俺も何か贈り物をさせてください。えーと、えーと……」
その白い花が目に入ったのは、本当に偶然だった。
俺はシロツメクサの茎で小さな輪っかを作り、主様の手を取った。
「今はこんなものしか贈れませんが、俺の気持ち、受け取ってください」
すると、なぜか顔を真っ赤にした主様がアモンの後ろに隠れてしまった。
アモンはアモンで、
「フェネスさんも隅に置けないっすねー」
などとニヤニヤ笑っている。
まさかそれが主様の初恋を盗んでいただなんて、そのときは知りもしなかった。
その花冠はドライフラワーにして主様が14歳になった今でも大事に取ってある。
「あれ? 主様……読書中に眠ってしまわれたのですね」
ブランケットをかけて差し上げて、それが目に入ったのは偶然だった。
主様の手元にあった栞には——
お題『君と出逢って』
ミヤジ先生の勉強会で初めて出逢った。フェネス兄ちゃんの連れてきたその女は街のどの女の子よりも艶やかな髪。白い頬。そしてしゃんと伸びた背筋。
俺は彼女を見た日から、絶好のおもちゃを見つけたと思った。鼠と遭遇した猫の気分だ。
しかしそのおもちゃで遊ぶには壁が高かった。ミヤジ先生とフェネス兄ちゃんの見守りは完璧で、その女に少しでもちょっかいをかけようものなら、ふたり、特にフェネス兄ちゃんなんか見たこともないような笑顔で詰め寄ってきて、
「君はうちの主様に何か用があるの?」
と凄んでくる。
主様、ということは、この女にミヤジ先生やフェネス兄ちゃんは仕えてるってことか? ますます面白いれぇじゃねぇか。
見てろよ、いつかそのでっかい双璧を越えてやる!
お題『優しくしないで』
(今日は幼女主の話はお休み)
同世代以上の方ならもしかしたら思い出すフレーズかもしれませんね。
そう、オフコースの歌、『愛を止めないで』。
私はあの歌が大好きで大好きで……。この楽曲に限らずオフコースは名曲揃いです。
この曲以外だと『言葉にできない』も胸を掴まれます。
聴いたことがない、という若い世代の方でも、オフコースの歌は必ずどこかで耳にしていると思います。ビートルズやロバータ・フラックのように。
歌は時として聴く人をやさしく包み込んでくれたり、またある時はそっと寄り添ってくれたり……。
誰かに諭されるよりも、歌だとスコンと胸に落ちたりもします。
『優しくしないで』
そんな気分のときは、ひとしきり泣いて。
それから耳に素敵な音楽を。唇にはきらきらと輝く歌を。目には美しい風景を。
きれいなもので心を宥めてみるのもいいかもしれませんね。
お題『楽園』
「おはよう……フェネス……」
まだ眠い眼を擦りながら、今日も主様は目を覚ましてくださった。
明日もそうであってほしいし、明後日も、その先もずっと……。
だけど俺たちは主様と別の時間を生きている。俺は死ぬことはあれど不老の身だ。いつか主様を見送る日がきてしまうかもしれない。そう思ったら主様の最期が訪れたら、この命も燃やし尽くしたくなる。
——いけない。こんなことを考えていたら聡い主様のことだ。気づかれてしま——
「ねぇねぇ、フェネス。なにかかなしいことがあったの?」
ほら、この通りだ。
「いいえ、主様。何でもありませんよ。
そんなことよりも、今朝はレモンケーキにダージリンです」
主様はテーブルと俺を交互に何度か見ていたが、俺をちょいちょいと手招きして、だっこをねだってきた。
「いかがなさいましたか? 今日はいつになく甘えたですね……って、え?」
俺の髪を撫でながら、主様は幾度となく「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と呟いている。
「わたしも、フェネスもだいじょうぶだから」
はぁ……やっぱり主様には敵わないな。
「そうですね。主様のおかげで俺も元気が出てきました」
そう笑ってみせたら主様も満足そうに笑った。
腕から下ろした主様に本日の予定をお伝えする。レモンケーキを頬張りながら聞いている主様がたまらなく愛おしい。
主様がいてくださるここは、今日も楽園。
お題『今日の心模様』
(今回はいつもの幼女主ちゃんの話から離れます)
*****
本日の私のココロの景色は、【「曇のち曇、一時的に小雨」の中に立ち尽くした丘の上の一本の木】といったところか。
今朝は早くから家を出て、かかりつけの内科へ採血に。眠くて曇。
実はアタクシ、いっぱい病気を抱えています。
リンパ腫を筆頭に、子宮内膜増殖症、脊柱管狭窄症、脊椎側湾えとせとらえとせとら。
直近では風邪をひき、近所の総合病院で検査してもらった結果に納得がいかなくてかかりつけ医に。結果、気管支炎を起こしていたことが判明。
昼間は「あー、いっぱい病気あるなー」と思ってしょんぼりで曇。
夕方、朝採血した検査結果発表。
まず、痩せてください。検査結果に反映されています。
「はい」
心電図は異常ないです。
「はい」
HbA1cが……えっ?
「……身に覚えしかないです、先生」
1ヶ月後にMRIね。膵臓診るから。
「はい……あと先生」
何かな?
「喉にくっつくような違和感があるんですけど」
それは太ったからだね。痩せようか。
「……ふぁい」
会計待ちの間、小雨。
でも俯瞰して診ると、そんなに悪い人生でもないんですよ。不思議なことに。
立ち尽くした丘の上の一本の木は寂しいように見えて、実はさまざまなバクテリアやらなんやらに囲まれていて、それなりにわやわやと楽しくやっています。時には遠くの友達とヤッホーなんて言い合ったりして。
だから、今日はたまたまお天気が悪かっただけ。
待ってろ来月!
ほんのちょっぴり痩せて行くからな!!