苑羽

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7/2/2023, 10:06:23 AM


幼い頃___おそらく四つか五つの頃だったと思うのだけれど___父とドライブに出かけた。普段は寡黙で気難しい父が、私を誘ってくれたことが嬉しくて。はしゃいだ声を出しながら、窓の外を流れていく景色を眺めていた。
やがて父の15年来の愛車は、ガソリンスタンドに止まった。父が車を降りてガソリンを補充している間、退屈な私は、ふと窓に目をやった。そして、いいことを思いつく。高揚感を覚えながら、曇った窓に指を走らせた。

暫くして補充を終えた父が、こちらを振り返る。
そして、鮮やかな微笑みを浮かべた。

窓には、父の似顔絵。きっとそれは下手くそで、でも、父に喜んで欲しいという思いだけは一丁前で。
そのときに見た、窓越しの父の笑顔が、ちょっと照れたような仕草が、私の中の幸せの記録として残っている。
「窓越しに見えるのは」

6/30/2023, 1:24:10 PM

小指を立ててみる。
沢山の「約束ね!」が込められた小指だ。
小さく息をつき、彼のいるところを見つめる。
あのときの約束を、君はいとも簡単に破ってみせた。
君の小憎たらしい笑顔が、今でも浮かんでくる。
見えない糸をたぐったら、君のところへ行けるだろうか。
私の小指は一生、君に繋がれたまま。
「赤い糸」

6/28/2023, 7:28:05 AM

消えたいわけではない。死にたいわけでも。
ただ、ここではないどこかに行きたい。
この我儘な心を、自分でさえ持て余しているというのに。
あなたはそれでも、私に向き合ってくれるんですか。
お節介な方ですね。私が好きだから?…そうですか、あなたは随分と変わっているようだ。
それより、あなたは先程から何をしているんです?
「悲しみを仕舞っていた」、ですか。私の心が軽くなるようにと。
ふふ、…いえ何も。笑顔が可愛い?それを余計な一言と言うんですよ。
必要なものだけ詰めたら、長い長い旅に出ましょう。
歩き疲れたら立ち止まりましょう。 
大丈夫、時間はたっぷりあります。行き先は決まっていないけれど…楽しい旅になりそうです。
あなたとなら、きっと。
「ここではないどこか」

6/26/2023, 10:54:59 AM

あの美しい夏の日、私は彼に出会いました。
貴方は精霊みたいね___私がそう口にすると、彼は微笑を浮かべました。それなら君は、お日様のような人だね。口数の少ない彼が不意に発する、淡く爽やかな言葉に、私は酔いしれました。

静けさがよく似合う人だったんです。木陰で、涼しげに詩集を眺める彼の姿は、まるで一つの絵画のようで。私は決まってその横に寝転び、頬杖をついてそんな彼を見つめていました。彼は私をお日様のようだと言ってくれましたが、私には彼しか見えていませんでした。みんなを明るく照らすことより、彼に寄り添い、彼に私だけをみてもらうことのほうが、よほど魅力的だったから。
でも、私の想いは彼を縛ってしまいそうで、怖くもありました。精霊は自由であるべきです。愛に溺れる彼も、それはそれは美しいでしょうけど、彼は私を充分に想ってはくれませんでした。
つり合いのとれない天秤は、無価値も同じ。不良品です。彼は私の前から姿を消しました。

一体どうしたんでしょう。愛に見返りを求めないことなど私には無理だったんだと、そこではじめて気がつきました。
最後の日、それは美しい夏の日でした。
「君と最後に会った日」

6/25/2023, 10:40:14 AM

MBTI診断。やったことがある人も多いのでは?特に韓国好きの方など。わたしも例に漏れず、軽い気持ちで診断のスタートボタンを押した。いくつかの質問に答えた後、出てきた結果はENTP。調べてみると、変わり者で地頭が良くて論破好きで…そして、メンタルの強さで右に出るものはいない。だそう。メンタルの強さ、か…。そこには、さもENTP型の人間は、生まれつきそうであるようにかかれていた。
しかし、きっとそうではない、というのが私の持論。私はこれまで生きてきた中で、何度も何度も死んでしまいたいと思った。これをみている人も、死をもって楽になりたいと思うことが、一度くらいあったのでは?でも、今こうして生きているのは、そのたびに立ち直ってきたから。立ち直れなくても、取り敢えず今日を生きてみようと思ったから。そこから、メンタルの強さって生まれるもんじゃないかしら。
なんだか長々と語ったけれども、最後は祖母の言葉で締めくくろう。
自分の繊細さに付き合うことこそ、花を咲かせる第一歩ってね。
「繊細な花」

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