見返りは求めていない。与えたぶんだけ欲しいとも思わない。仲良くなったのは理由があったんだろうけれど、思い出せない。
学生時代、誕生日にピアスをあげたらとても喜んでいたのを覚えている。それはあなたらしくなかった。まだ耳に穴あいてなかったし。
ふせた睫毛や、銀色のピアスを揺らすあなたのふしばった指に、私はいつもドキドキしていた。
留学するというあの人に最後にあった日、さみしさよりも不安がまさっていた私に、彼は言った。
「君との友情は失いたくない。これからも。」
寡黙なあの人の言葉が、私の心にすとんとおさまった。彼への尊敬、憧れ、悲しみ、怒り、いつか抱いた胸の高まり。
いつしか、私の霧がかった初恋は、何にもかえがたい友情に落ち着いていた。
今は寒い国に住んでいる、あの人。
元気にやっているかな。
夜空には無数の悲しい神話が閉じ込められている。
太陽が昇ると、隠れるようにひっそり消えていってしまうのも物悲しい。
星は願いを叶えるというのに、星になったものたちの涙や想いや苦しみは、いったい何処にいってしまったんだろう。
それがわからないのが切なくて、
幼い頃、夜空で燃えつき星になった、ヨダカの光を探した。
マッチ売りの少女は星になったのだと思っていたから、彼女の面影も探した。
星がながれれば、今、この世界のどこかで
誰かが死んだのだと思った。
ヨダカの星も、マッチ売りの少女も、広い夜空のどこで瞬いているのか結局わからなかったけれど、
美しいものが何かを忘れかけるような日々の終りに
ふっと顔をあげた先の星空をみて
私はいつも、懐かしい歌を思い出す。
「夜空を旅する星たちを 小さな指で数えてごらん
あなたが生まれた日に 星がまたひとつふえた」
力尽きて雪に埋もるツバメ。
水底に沈んだ人魚の涙。
炎に包まれ、鉛になった人形。
彼らをそうさせた愛の行方。
神様だけが知っている。
幼い頃に日光アレルギーと診断されてから、
いつも隠れるように生きている。
とはいっても、もともと暑いの嫌いだし、泳げないから夏のプールも嫌だし、日影はだいたい涼しいので、特別に劣等感を持ったことはない。
プール。体育祭。焦がすような日差しをいっぱいに受け止めてはしゃぐ皆を、僕はいつも目深の帽子をかぶって眺めている。
すると、彼女はいそいそと僕の隣にやってくる。
私は身体が弱くてドクターストップかけられてんだ、となぜか得意げそうにいう彼女を変な奴だと思ったけど、
いつだったか、ドクターストップって単語をただ言いたいだけなんだってわかってから、その底抜けの明るさが妙に眩しくみえてきた。
たとえば、教室に気まずい空気が流れていても、
彼女はどこかけろりとしていて、何だか拍子抜けしてしまうほどだけれど、君はいつもそうやって、
どんよりした空に光を差し込んでいたんだと。
「君って太陽みたいなんだな。」
ある日のプール見学中、屋根の下でも眩しそうに目を細めて笑っている彼女をみて、僕はふと、そう口にしてしまった。全身の血が湯だつ思いだった。
皆のはしゃぐ声も水しぶきも、肌を焼く強い日差しも、あの瞬間は何も感じなかった。
君はちょっと意外そうに目をぱっちりさせる。
それから屈託ない笑みを浮かべて
「君にとっては不都合じゃない?」
いや、そういうことじゃない。
日光アレルギーだってこと、あの瞬間だけは忘れていたんだ。と、
恥ずかしくて、僕は結局いえなかった。
はやまる心臓の鼓動が、この胸を知らない感情でいっぱいにする。太陽の光を全身に浴びるのって、きっとこんな感覚だ。
君の眩しい視線から逃れるように、そっとうつむいた。
人生という無色の糸の束には──
からはじまる、シャーロック・ホームズの有名な
台詞がかっこよくて好き。
殺人という緋色の糸が1本混じっているから、それを抜き出して明るみに出す、ということだけれど
人の出会いや結びつきも、それくらい繊細で難しい作業になるんだろう。
人と人とを結んでいるという赤い糸が目に見えたら
まるで血管が張り巡らされているみたいな、
巨大生物の体内のような、なかなか壮大な景色がのぞめそう。
そうやっていろんな赤い糸が絡み合って、ひとつの生き物のように蠢くのなら、人の繋がりが世界を動かすんだとも思えてくる。